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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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未知なるもの Ⅰ

「……レイシー、逃げて!」


 サンディは意を決したように、声を張り上げて叫んだ。

 レイシーは言われるままに踵を返すと、モンスターに背を向けて走り出した。


「うわあああああああああああああああ!!!!」


 死が、すぐそこにある。怖い。怖い。

 レイシーは声の限り叫んで、竦む脚を無理やり動かした。


「レイシー、危ない!」


 途端、前から吹雪に混じり、凄まじい風圧が吹き付けた。モンスターの巨体が跳躍し、レイシーを飛び越え、前方に着地したのだ。


「わああっ!」


 レイシーは吹き飛ばされ、仰向けに地面に倒れる。モンスターはそこへ覆いかぶさるように飛びかかってきた。

 真っ白な空が、黒い影で満ちる。鋭い牙が、頭を噛み砕こうと迫る。生温かい吐息が喉笛にかかる。

もう逃げられない。自分は、ここで死ぬのか。レイシーは目をつむった。


「させませんわ!」


 轟音が響き、閃光が吹雪を切り裂いた。


「グオッ」


 影が僅かなうめき声を上げ、自分から離れるのを感じる。サンディの放った電撃が怪物に命中したのだと、レイシーは気づいた。

 慌てて立ち上がると、体勢を立て直したモンスターはサンディに向かって突進するのが見えた。


「くっ……」


 サンディは横に転がり、何とか敵を避けることに成功した。

 そのまますかさず、二発目の雷を敵に命中させる。


「ガアァァァッ」


 モンスターは苛立ったような声を上げ、四つの眼を見開いた。サンディを捉えるべく、前足を斜めに振り降ろす。


「読めましたわ!」


 サンディは体勢を低くし、攻撃をやり過ごした。そのまま三発目の雷を撃ちこもうと、手をかざした時だった。

 モンスターがにやりと笑った気がした。

 ぞくぞくっと、嫌な振動がレイシーの背中を撫でる。


「……!? サンディ、あぶな」


 言い終わらないうちに、前足を振りかぶった勢いのまま、モンスターは自らの巨体をその場で一回転させた。

 釘を打ち込んだ大木のような尻尾が、うなりを上げサンディに襲いかかる。


「し、しまっ……」


 雷を撃つ体勢に入っていたサンディは完全に回避することが出来ず、尻尾を受けてしまう。

 彼女の小さな身体は吹き飛ばされ、崖の方へと転がっていった。


「サ、サンディ!」


「レイシー……! 来ちゃ駄目!」


 慌てて駆け寄ろうとしたレイシーを制し、彼女は何とか立ち上がる。

 どうやら直撃だけは避けられていたらしいが、左腕は骨が折れたようにだらりと垂れさがっている。鋭い鱗のせいでできた痛々しい傷が、破れたコートの袖からのぞいていた。

 モンスターは手負いの少女を見て舌なめずりをした。逃げ場を潰すようにじりじりと距離を詰め、サンディを崖の方へと追いやっていく。

 

「こ、のお……」


 サンディは右腕で雷を放つが、モンスターは素早い動きでそれを回避する。


「グゲゲ」


「そんな……全部、読まれている……?」


 モンスターがサンディをあざ笑う。唯一の攻撃手段を看破された彼女の顔に、疲労と絶望の色が浮かんだ。

 このままでは、サンディは死ぬかもしれない。いや、死ぬだろう。

 大切な人を失ってしまう。またあの感覚が自分を襲う。今度は不安ではなく等身大の恐怖となって、レイシーに襲いかかる。


「……ぁ」

 

 血管に冷水を流されたような感覚。自分はこのまま何もできず、オーネだけでなくサンディまでも、あの怪物の餌食になる所を見ているしかないのか?

 

「……やだ」


 何もできないままなんて。


「そんなの、嫌だ!」


 レイシーは叫ぶ。凍り付いた四肢に、力を与えるように。

 そのままサンディの方へ向かって全力で走った。

 少しでもモンスターの気が引ければ。その間にサンディが体勢を立て直せれば。

 しかし怪物はそんなレイシーの考えまでも読んでいるようであった。こちらには目もくれず、サンディに向かってもう一度尻尾を繰り出した。低く、広範囲に繰り出されたそれを避けるには後退りするしかない。つまり、谷底へ落ちるしかないのだ。


「あっ……」


 攻撃を避けたサンディの身体が宙に浮いた。

 そこでレイシーの脳は、完全に思考をやめてしまった。

 ただ、サンディを助けたい。その念で動くレイシーは自らも彼女を追い、空へ飛び出した。

 足場を失った二人の少女は、共に谷底へと落ちていく。


「わああああああああああああ!!!」


 力を出し切るかのように叫び声を上げる。

 空中でサンディを受け止めると、そのまま自分の身体がクッションになるように、サンディと谷底の間に滑り込ませた。


「あなた、何を」


 それには答えず、サンディを守るように抱きしめる。

 そして、レイシーは地面に激突した。


「うあ゛っ」


 搾り出すかのように、口から血が噴き出た。

 体内が砕け散る感覚と共に、目の前が真っ暗になった。


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