吹雪の日 Ⅰ
レイシーは椅子に座って、寝室の窓を覗いていた。
昼になっているにも関わらず、外は灰色の絵の具で塗りつぶしたようだった。サンディ曰く、今の天候は吹雪というらしい。
かつては楽しく遊べた雪も、今や怒り狂う怪物のように吹き荒れている。朝の時点では穏やかに降っているだけだったのに、とレイシーはため息をついた。
このままでは外に出られない。収まってくれればいいなと言う淡い期待に反して眺めれば眺めるほど、吹雪はごうごうと勢いを増していき、ときどき窓ががたがたと軋むほどだった。
「これほど激しいのは久々ですわね……」
隣に座るサンディが呟いた。
「いつ止むの?」
「ここの天候は変わりやすいから、止むのもすぐだとは思うのですけれど……」
「退屈だなあ。もう待ちたくない」
「うーん、今日は外出は止めにして、すごろくでも……」
するとドアが開く音がして、オルガがやって来た。彼女はやや急ぎ足だった。
「お嬢様、レハンドさんがいらしております」
「この吹雪の中屋敷に!? とにかく、お話を聞いてみますわ」
「助けてくれ! オーネが帰ってこないんだ! ああ、もう一回こんなことになるなんて! ちゃんと止めてやればこんな事には」
「ま、また言ってる……」
「もう、だからうるさいですわ! もう一回同じことを言わせているのはそちらですわよ!」
レハンドはサンディが止めるまで、相変わらずの勢いで嘆きの言葉をまくし立て続けた。
落ち着いたレハンドは謝罪したのち、今回の件について語り始めた。
「あれからきちんと時刻を告げ、その通りに帰ってくるようになりました。オーネの持って帰ってくる食材はいつも良質で、食堂でも好評でした。静かな森を荒らしては迷惑と思い、なるべく市場でも言いふらさないよう気を付けてはいました」
「あら、そんなに森に行っていたなら、一度くらい屋敷に寄ってくださっても良かったですのに」
「一度迷子になった身です、きっと、あれ以上皆さんに迷惑をかけたくなかったのでしょう。しかし今回に限ってまた……いったいどうして」
「おそらく、この吹雪のせいで道に迷ったのですわね。朝のうちは穏やかでしたし油断してしまったのでしょう。これからは天候にもきちんと気を付けていくよう言わないと、ですわ」
サンディは立ち上がった。
「さて、わたくしが探しに行きますわ」
「ほ、本当ですか……! 二度もお世話になるなんて、誠に申し訳ない……」
そこで厨房の方から、ティーセットを携えた爺やがやってきた。
「お茶でございます」
彼はレイシー、サンディ、レハンドの前にティーカップを置いていく。湯気の立ち上る、香ばしい香りの紅茶だった。
「お嬢様、私もお手伝いいたします。このような天候故、人手は多い方が良いでしょう」
配置を終えると、爺やは言った。
「爺やが手伝ってくれるなら助かりますわ。手分けして探しましょう」
サンディはお茶を早々に飲み終え、すぐに出かける準備をした。
「レイシーは待つ?吹雪も激しいですわ。無理はしなくていいですのよ?」
「わたしも行く。多い方がいいでしょう? それに、友だちのためだもの」
「わかりましたわ」
二人は厚手のコートに身を包んだ。雪かきをした時よりもずっと分厚く、重いコートだった。
しかし外に出てみると吹雪は恐ろしい勢いで、浴びてしまうと冷たい金属を押し当てられているようだ。脳まで凍ってしまうような気さえする。
「つ、冷たい」
「フードをかぶるといいですわ」
コートについたフードをかぶると風は幾分かましになった。顔は腕で覆い、出発する体勢を整える。
「行きますわよ。しっかり手を握っていて」
「うん」
もう片方の腕でしっかりサンディの手を握った。
雪のせいで、少し先の視界もきかない。絶対に離してしまわないよう、少しだけ強く握った。
「さて、爺や。何かあったらこれを冷やしてくださいな。暗くなるまでには帰ってくるのですわよ」
「承知しました。お嬢様方もお気を付けて」
爺やは自らの防寒具に石をしまうと、森の中へ消えていった。
「あの石は何?」
「わたくしの、金の魔法で作った連絡器具ですわ。あの石同士は熱を電波で伝えることができますから、何かあれば石を冷やして知らせるようにしてもらいましたの」
「で、デンパ?」
「ふふ、帰ったら詳しく教えてあげますわ」
「どうしよう…」
吹雪の森の中、オーネはつぶやいた。
寒い時期の森は、山菜がいっぱいだった。白い地面の下からのぞく緑色を見つけるたび、オーネは小躍りした。
その成果もあり、背中の籠にはずっしりした重みを感じる。
問題はこの天候のせいで、帰り道がわからないことだ。
当初の予定ではほんの少し森を入ったところで帰るつもりだった。
しかし寒さにも負けない、豊富な山の恵みを目にしたことで心躍ってしまい、いつしかこの吹雪の迷宮に迷うことになってしまった。
そして風をしのげそうな大きな木の陰で一休みしようとし、今に至る。
「とと様、心配してるだろうなあ……どうしよう……」
彼女に似合わぬ、弱気な発言。
市場で常に人に囲まれて暮らしたオーネにとって、一人になるのは慣れていなかった。この前迷子になった時も、見つけてもらえなければ泣き出してしまっていただろう。
「……とにかく、帰らなきゃ」
考えていても仕方がない、と彼女は結論した。寒さにも心細さにも、もう耐えかねていた。
飛び交う雪の群れをかき分けて、オーネは重い身体を起こした。