雪と祝い Ⅲ
夕食の後、二人の従者は居間へと集められた。
「お嬢様方は見てほしい物があると仰っていましたが、一体何なのでしょう?」
「……オルガ、白々しいですぞ。もう気付いているのでしょう? 寒期は我々の誕生の時期で」
「一体何なのでしょう」
「……あくまで知らないふりをするのですな」
そこで階段を下りて、レイシーとサンディがやってきた。
「お待たせしましたわね」
「遅くなってごめんね」
レイシーは黒いドレスを着ていた。灰色のフリルで豊かに飾られつつも落ち着いたそのドレスは、深窓の令嬢のような印象を見るものに与える。
一方でサンディの衣装は水色の、きらきら光るビーズがあしらわれた煌びやかなものだった。どちらもパーティーで着るような、とびきりのドレスだ。
そしてサンディの手には、古びたヴァイオリンと弓が握られていた。
「お二人とも、お似合いです。まるで分かたれた青空と夜空のような色合いですね」
「……!」
「あら爺や、言葉を失っているようですわね。気に入ってくれたのなら嬉しいですわ」
サンディはこほん、と咳払いを一つした。
「まずは爺やとオルガ、誕生おめでとう。お祝いに演奏と歌を披露しますわ」
「ほう……サンディお嬢様の歌はとってもお美しい。以前お聞かせいただいたときも、心が洗われるようでした」
「今回はわたくしは演奏だけですわ」
「歌うのは、わたしです」
「なるほど……レイシーお嬢様が」
「レイシー様の歌を聴くのは初めてです。これは期待できますな」
サンディはヴァイオリンを弾く体勢を整える。
流れるような楽器の構え方はとても優雅で、荘厳な空気が辺りを包んだ。
「今から歌うのは本に載っていた物語の歌だよ。異世界から来た勇者のお話なんだ。どうか、聞いてください」
レイシーは一礼すると、歌いやすいように背筋を伸ばした。
サンディのように上手に歌えるだろうか。高鳴る胸をぐっと押さえ、息を吸い込んだ。
星は流れる 大地は燃える
時が満ちて あなたは消える
わたしの血肉は あなたと同じ
わたしの記憶は あなたとともに
たとえわが身 孤独となっても
歩みは止めない 命ある限り
この本を読んだのは、公用語を勉強しているときだった。異界からやって来た勇者はたくさんの出会いや別れを経験するが、全てを糧として最後に巨悪を討ち果たす、そんな元気の出る英雄譚だ。
歌っている間、身体がざわざわするのを感じた。細胞の一つ一つが、自分の声と、サンディの調べと、勇者の物語と溶け合い、同調していくようだ。
しかし心は感謝を伝えたい気持ちで満たされており、祈るように喉を震わせる。
どれくらい自分は歌っていただろう。レイシーは自分の口が、最後の歌詞を紡いだのを感じた。
サンディの演奏も終わり、居間は静寂に包まれた。
まだ心臓がどきどきしている。未だ醒めぬ興奮と、使用人たちの反応を気にする気持ちがない交ぜになっていた。
レイシーは彼らが口を開くのを、息を殺して待った。
「……素晴らしい」
ぱちぱちぱち、と二人分の拍手が、奏者と歌姫に贈られた。
「サンディお嬢様の歌が川のせせらぎのように美しいなら、レイシー様の歌声は小鳥のように愛らしい……! うっ、年甲斐もなく、涙が……」
「レイシーお嬢様、お見事でした」
爺やはぼろぼろと涙をこぼし始めた。オルガも笑ってはくれなかったものの、彼女の声色からは嬉しさが滲み出ていた。レイシーはほっと胸をなでおろした。
「今回のお祝いは、レイシーの発案ですのよ。どうすればあなた達が喜んでくれるか、じっくり考えてくれましたのよ」
「そうでしたか……昼間に雪をぶつけてきたときは、まだまだわんぱくな子だと思ったのですが。本当にご立派になられました」
「そうですとも……! まさに天上の調べでした……! 感動を、ありがとうございます……!」
「う……うん。こっちこそ、聞いてくれて、あ、ありがとう」
気持ちを伝えられたのはいいものの、あまりに褒められすぎてレイシーはほんの少し照れくさくなった。
「では、私からもお返しします。明日は、私が御馳走を振る舞いましょう。あれから私も修行を積んで参りました。どうぞご賞味ください」
「では私はお風呂でお背中を……あいたっ!」
オルガは爺やに拳骨を喰らわせた。
「さすがにそれは自重すべきかと。それより爺やも私の料理を手伝ってくださいますか? お礼ですから、より美味しいものを作りたいので」
「そ、それは……」
「手伝ってくださいますか?」
「……はい」
「二人ったら、本当に仲がいいのですわね……うふふっ」
「……ふふふ、あははははっ」
笑い声は屋敷を抜けて、森まで響いていった。