表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
55/176

雪と祝い Ⅲ

 夕食の後、二人の従者は居間へと集められた。


「お嬢様方は見てほしい物があると仰っていましたが、一体何なのでしょう?」


「……オルガ、白々しいですぞ。もう気付いているのでしょう? 寒期は我々の誕生の時期で」


「一体何なのでしょう」


「……あくまで知らないふりをするのですな」


 そこで階段を下りて、レイシーとサンディがやってきた。


「お待たせしましたわね」


「遅くなってごめんね」

 

 レイシーは黒いドレスを着ていた。灰色のフリルで豊かに飾られつつも落ち着いたそのドレスは、深窓の令嬢のような印象を見るものに与える。

 一方でサンディの衣装は水色の、きらきら光るビーズがあしらわれた煌びやかなものだった。どちらもパーティーで着るような、とびきりのドレスだ。

 そしてサンディの手には、古びたヴァイオリンと弓が握られていた。


「お二人とも、お似合いです。まるで分かたれた青空と夜空のような色合いですね」


「……!」


「あら爺や、言葉を失っているようですわね。気に入ってくれたのなら嬉しいですわ」


 サンディはこほん、と咳払いを一つした。


「まずは爺やとオルガ、誕生おめでとう。お祝いに演奏と歌を披露しますわ」


「ほう……サンディお嬢様の歌はとってもお美しい。以前お聞かせいただいたときも、心が洗われるようでした」


「今回はわたくしは演奏だけですわ」


「歌うのは、わたしです」


「なるほど……レイシーお嬢様が」


「レイシー様の歌を聴くのは初めてです。これは期待できますな」


 サンディはヴァイオリンを弾く体勢を整える。

 流れるような楽器の構え方はとても優雅で、荘厳な空気が辺りを包んだ。


「今から歌うのは本に載っていた物語の歌だよ。異世界から来た勇者のお話なんだ。どうか、聞いてください」


 レイシーは一礼すると、歌いやすいように背筋を伸ばした。

 サンディのように上手に歌えるだろうか。高鳴る胸をぐっと押さえ、息を吸い込んだ。


星は流れる 大地は燃える


時が満ちて あなたは消える


わたしの血肉は あなたと同じ


わたしの記憶は あなたとともに


たとえわが身 孤独となっても


歩みは止めない 命ある限り


 この本を読んだのは、公用語を勉強しているときだった。異界からやって来た勇者はたくさんの出会いや別れを経験するが、全てを糧として最後に巨悪を討ち果たす、そんな元気の出る英雄譚だ。

 歌っている間、身体がざわざわするのを感じた。細胞の一つ一つが、自分の声と、サンディの調べと、勇者の物語と溶け合い、同調していくようだ。

 しかし心は感謝を伝えたい気持ちで満たされており、祈るように喉を震わせる。

 どれくらい自分は歌っていただろう。レイシーは自分の口が、最後の歌詞を紡いだのを感じた。

 サンディの演奏も終わり、居間は静寂に包まれた。

 まだ心臓がどきどきしている。未だ醒めぬ興奮と、使用人たちの反応を気にする気持ちがない交ぜになっていた。

 レイシーは彼らが口を開くのを、息を殺して待った。


「……素晴らしい」


 ぱちぱちぱち、と二人分の拍手が、奏者と歌姫に贈られた。


「サンディお嬢様の歌が川のせせらぎのように美しいなら、レイシー様の歌声は小鳥のように愛らしい……! うっ、年甲斐もなく、涙が……」


「レイシーお嬢様、お見事でした」


 爺やはぼろぼろと涙をこぼし始めた。オルガも笑ってはくれなかったものの、彼女の声色からは嬉しさが滲み出ていた。レイシーはほっと胸をなでおろした。


「今回のお祝いは、レイシーの発案ですのよ。どうすればあなた達が喜んでくれるか、じっくり考えてくれましたのよ」


「そうでしたか……昼間に雪をぶつけてきたときは、まだまだわんぱくな子だと思ったのですが。本当にご立派になられました」


「そうですとも……! まさに天上の調べでした……! 感動を、ありがとうございます……!」


「う……うん。こっちこそ、聞いてくれて、あ、ありがとう」


 気持ちを伝えられたのはいいものの、あまりに褒められすぎてレイシーはほんの少し照れくさくなった。


「では、私からもお返しします。明日は、私が御馳走を振る舞いましょう。あれから私も修行を積んで参りました。どうぞご賞味ください」


「では私はお風呂でお背中を……あいたっ!」


 オルガは爺やに拳骨を喰らわせた。


「さすがにそれは自重すべきかと。それより爺やも私の料理を手伝ってくださいますか? お礼ですから、より美味しいものを作りたいので」


「そ、それは……」


「手伝ってくださいますか?」


「……はい」


「二人ったら、本当に仲がいいのですわね……うふふっ」


「……ふふふ、あははははっ」


 笑い声は屋敷を抜けて、森まで響いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ