雪と祝い Ⅱ
「雪で遊ぶって、どうやるの?」
「まず、雪を丸めてみてくださいな。手に取って、押し固めるようにするのですわ」
言われるままに雪を一掴みすると、試しに丸めてみた。
すると、手の中で雪が固まった。それはまるで柔らかい氷のようで、感触を確かめるように手の中でころころ転がしてみた。
「おお……」
こんなにもふわふわしている雪に触れるようになったという事で、レイシーは小さな感動を覚えた。
「これを、どうするの?」
「その大きさの雪玉だと、一般的には投げて楽しむのですわ」
「投げるんだね。やってみる」
腕を振りかぶり手の雪玉を放つと、白い塊は木に当たって砕け、ばすっという音を響かせた。。
ただそれだけであるのに、何故かレイシーは少し楽しくなった。以前石を投げて盗賊を撃退したことこそあるものの、遊ぶために何かを投げるという経験は無かったからかもしれない。
「雪……おもしろい!」
「わたくしもやりますわ。どこまで遠く投げられるか競争しますわよ!」
二人は雪を丸めては投げ、丸めては投げを繰り返した。
サンディと笑顔を交えながらだと楽しい事はさらに楽しくなった。
投げられる距離は殆ど互角ではあったが、レイシーのほうがわずかに遠くまで投げることが出来ていた。
「やりますわね……あなた、もっと遠くまで投げられるのではなくて……?」
息を荒げはじめたサンディは一旦手を止めた。
「そうかなあ?」
「もう少し雪玉への力のかけ方を工夫すれば、もっと遠くまで飛ぶかもしれませんわ。肩に注意してみたら?」
「わかった。やってみる」
確かに先ほどから腕が空回りし力が全部雪玉に伝わっていないような気はしていた。そこで彼女の言うとおり、肩にもっと意識してみることにする。
試しに肩を回してみると肩甲骨が確かに動くのを感じる。凍っていた関節がぐりぐりと解れていくようで心地よかった。
これなら、いける。レイシーは呼吸を整えた。
「えいっ……----------!」
びゅん、と雪玉が空を切る。
「すご!?少し助言しただけですのに……!?」
「は、はやい!?」
想像以上の速さに、サンディは目を丸くした。レイシーも本人ながら驚いていた。
白い弾丸はそのまま凄まじい勢いで飛んでいき、
「お嬢様。屋根の上の除雪が終わりました。お次はーーーーうぼッッ」
「あ」
運悪く、角からやって来たオルガの顔に直撃し、ぱぁんと乾いた音を立てて砕け散った。オルガは今まで聞いたことのないくぐもった声を上げ、顔が真っ白になってしまった。
「……レイシーお嬢様?」
ぱらぱら落ちる雪の間から、鋭い眼光がのぞいた。
真顔のままこちらをじっと睨むその視線は凄まじい圧をもってレイシーに突き刺さる。寒さにもかかわらず、じわ、と汗が滲んだ。
「お、オルガ、本当に顔、凍っちゃったみたいだね。に、似合ってるよ」
「謝っても無駄です」
「……まずいですわ……オルガ、『やる気』ですわ……! レイシー、逃げて!」
「ご、ごめんなさーい!」
しかしオルガはまるで狩人のようにレイシーを追い詰めて雨のように雪玉をぶつけてきた。
レイシーはあっという間に雪まみれになってしまった。
「オルガ、怖かった……もう怒らせないようにしなくちゃ」
雪かきはもう終わっていたので、3人は屋敷に戻ってきた。
服を着替え、防寒具にこびりついた雪を落としながらレイシーは呟く。
「レイシー、あれは遊んでくれていましたのよ。あの程度では彼女は怒らないですわ」
「ほんと? オルガ、いつも真顔だからほんとに怒っているように見えちゃったよ。サンディみたいに笑ってくれないのかな」
「彼女が笑ったところは、わたくしも見たことがないですわね……」
「なんとか、笑わせてあげたいなあ……」
そこでサンディはぽん、と手を叩いた。
「そうだ、誕生のお祝いをしましょう!」
「タ、タンジョウ? オイワイ?」
「アイルーン王国では1年を構成する4つの時期の内、その人が生まれた時期を誕生期としてお祝い……めでたかったり、嬉しいことに感謝をする風習がありますの。オルガと爺やは寒期生まれですから、もうすぐやろうと思っていましたのよ。今回はレイシーも参加してくださると嬉しいですわ」
「やりたい! でも、感謝をするってどうやるの?」
「いつもはごちそうを作ったり、わたくしがちょっとした楽器の演奏をしたりしていますけれど……」
「だったら、わたしに、できることは……」
レイシーは考える。
どうすれば二人は喜んでくれるだろう? 爺やはともかく、オルガまで喜ばせるにはどうすればいいだろう?
しかし考えれば考える程、何も思い浮かばない。そもそも、人に見せられるほど上手くできることなど、自分にあっただろうか。
「うー……どうしよう……そもそも、わたしって雪かきくらいしかできないし……」
「レイシー」
悶々とするレイシーの肩に、サンディの手が優しく置かれた。
「何も、完璧にやる必要はありませんわ。感謝の気持ちが伝われば、それで構いませんのよ」
「そう、かな……」
「ええ、そうですわ。レイシーはどんな風に感謝を伝えたいですの?」
「わたしは……」
レイシーは再び考えたが、今度は口の中であっと言った。
やりたい事が見つかったのだ。
「サンディ。楽器の演奏って、できる? 手伝ってほしいんだ」