雪と祝い Ⅰ
綾錦をまとった赤い森も次第に細々とした枝を晒していき、気付けば素裸の黒い枝を晒すのみになっていた。
「寒期が来ましたわ。これからどんどん寒くなってきますわよ」
と、ずいぶん痩せた木を見ながらサンディは言った。
それからというもののひんやりした空気が屋敷の中にも漂い始めた。
ふとんと暖炉のおかげで、レイシーとサンディは寒さに脅かされず睡眠をとることが出来ていた。温かく柔らかい布団の中にサンディと一緒に丸まるのは、レイシーの楽しみの一つとなった。
そんなある日の事。窓から外を見たレイシーの眼に、一面の銀世界が飛び込んできた。
ミルクのように白い粒が同じように白い空から降り注ぎ、木々や地面に降り積もっているのだ。
「ねえサンディ!外が真っ白!」
「おはよう、レイシー。雪が降っていますわね」
「ユキ……?」
今なお降り続けて屋敷や森や大地を染めあげる雪を、レイシーは不思議そうに見た。
「雲はご存じでしょう?あの白い雲は水のマナでできていて、中には氷の粒がありますの。それが寒さで溶けないまま落ちてくると雪になりますのよ」
「そっか。同じ降るものでも、雨とは違うんだね」
もっと雪をよく見てみると、細い木々には葉っぱの代わりに雪が積もっているのがわかった。もこもこしたシルエットのせいで、白銀の小さな花を沢山つけているようにも思えた。
「きれいだなあ……」
「ええ。ですが、雪は積もりすぎるとよくありませんのよ」
「どうして?」
「屋敷への道を塞いだり、屋根から落ちてきたりしますの。この様子だともう少しすれば雪は弱まりそうですし、今日は雪かきですわね」
朝食の後、二人は寒期の装いへと姿を変えた。
温かいセーターにこげ茶色をしたコート、厚手の手袋やブーツを次々と身に着けていく。
完全に装備し終えると暖気に身体が包まれ、まるで自分だけがすっぽり入る小さな部屋ができたようだった。
「爺や、屋敷の方はお願いね。オルガとわたくしたち3人で、昼までに終わらせますわ」
「承知しました。昼食は温かいものをご用意してお待ちしていますぞ」
外に出ると、空気が透き通ったような感覚が一層強くなった気がした。
口から吐く息も白くなった。レイシーは煙を吐いてしまっている、と呼吸を我慢してしまい、サンディはあわてて煙ではないと説明してくれた。
そして息よりも同じくらい白い空から洩れるほんの少しの光が雪に当たった煌めきは、まるで星が雪に埋まっているかのようだった。
「足を取られないように気を付けてね」
「うん」
雪の上に足を乗せると、さくっ、と沈む感触がした。
まるで柔らかい、不思議な砂を踏んでいるような踏み心地だ。
まだちろちろと雪が降ってきていることに気付き、上を見上げると、頬に雪が当たった。ひやっとしてレイシーは上を向く。
雪にさわってみようと手を拡げたが、小さな雪は手袋に触れるや否や水になってしまう。地面には積もるのに不思議だな、と首を傾げた。
「では、私は屋根の上の除雪をして参ります。サンディお嬢様とレイシーお嬢様はそれ以外をお願いします」
「わかりましたわ、オルガ。気を付けてね」
「落ちないようにしてね。……オルガの顔、寒くて固まってるみたいだね。ずっと真顔だし」
「……いつものことでございますよ、レイシーお嬢様。そちらもお気を付けて」
オルガと別れるとスコップを手に、二人は作業を始めることにした。
「さあレイシー、屋敷の入り口に続く道ができるようにしてくれるかしら?無理に全部の雪をどかす必要はありませんわ」
「わかった。遠くからやっていっていい?」
「ではわたくしは屋敷の近くの方を担当しますわ。迷子にならないようにしてね」
レイシーは屋敷から離れ、森の入り口まで来た。
森の中を見てみると、雪のせいだろうか霧のような灰色の靄がかかっていた。
一方地面は屋敷の周りとは違い、雪はレイシーの太股辺りまであるほどたくさん積もっていた。
スコップを突き刺して持ち上げてみると、案外の手ごたえを感じた。なるほどこれがいきなり屋根から落ちてくると危険だな、と思った。
「よいしょっ、えいっ、よいしょっ」
次々に小さな雪山を崩し、更地に変えていく。
一人なので話す相手もおらず、レイシーは黙々と作業を続けた。
「さて、どんな感じかしら……って、早っ!? もうこんなにきれいになりましたの!? 道もできていますし……」
様子を見に来たサンディは驚いてくれた。
「えへへ、すごい? 褒めてもらいたくてがんばったんだ。わたし、雪かき屋さんになろうかなあ」
「それだと寒期しかお仕事がありませんわよ。それにしてもこんなに早く終わるなんて……わたくしの方ももう少しで終わりますから、終わったら少し雪遊びをしましょうか」
「雪で遊ぶの!? 楽しみ!」
思わぬ報酬に、レイシーは小躍りした。