男の戦い Ⅱ
発端は朝食の時だった。
爺やによって作られたチーズ入りのスクランブルエッグを、レイシーたちは頬張っていた。
「美味しい!」
卵の味にチーズのまろやかさが絡まり、幸せな朝をレイシーは感じる。
隣に控えたパンやサラダも、空っぽだった胃袋を満たしてくれた。
「いかがかしら、爺やの料理は?」
「うん、美味しいよー!あの人もお店できちゃうんじゃないかなー?」
「おお、また少女が一人、私を褒めて下さった……!」
「……褒めたのはあなたじゃなくて、あなたの料理ですわよ?」
オルガもこのやり取りを聞きながら、黙々とフォークを動かしている。彼女の相変わらずの真顔も、なんとなくほころんでいるような気がした。
しかしその横で、オーネの父だけは無言だった。
手の動きも遅く、味わって食べているというよりは、料理を「食べさせられている」ような、そんな雰囲気を彼は醸し出していた。
「如何でしたか?」
その様子を察した爺やは、彼に切り込んでいった。
「……」
「あなた、満足しておられないのではないですかな?」
オーネの父はピクリと動いた。
「まさかそんなことは……いや、隠す方が失礼ですね」
図星を隠そうともせず、彼は大きな咳払いを一つした。
すっ、と空気が変わった気がした。それを察し、サンディとオーネも会話を止めて
しまう。
「失礼ですが、料理は我流ですか?」
「はい」
「今から言う点に気を付けていただければ、より良いものが作れると思いますよ」
素人のレイシーにはわからない部分も多かったが、彼は食材の選びかたから盛り付けまで、丁寧なアドバイスをしていたように思えた。
中でも味付けの指摘は特に強調されており、自分にも理解できた。
「味付けがぶれているのです。不味い、というわけではないのですが、まるで行き当たりばったりで味付けしたような、そんな雰囲気をを私は感じました」
本職の料理人は、そういった雰囲気にもこだわりがあるのだろう。
爺やはそれらの指摘を黙って聞いていた。
「非常に、惜しいのです。素晴らしい技術をお持ちなのは確かなのですが、もう少し気を付けて料理をしてみてはいかがでしょう」
「……とと様! さすがにしつれ……」
そこでオーネはサンディに制止された。サンディはこれは彼と爺やの問題である、と思ったらしい。
やがて、爺やはゆっくりと口を開いた。
「なるほど、ご指摘ありがとうございます。しかし、お嬢様方の前でそのように言われてしまっては私も引き下がれません。ここはひとつ、料理勝負といきませんか?」
「……え!? 勝負!?」
「へぇ。面白そうですわね。爺や、許可しますわ」
うろたえるレイシーの横で、サンディは期待に満ちた表情をしていた。
「良いでしょう。お相手、仕りましょう」
「とと様!?」
一方オーネも快諾した父を見て同じように驚いている。
和気藹々とした食卓は、一瞬にして男の戦場へと変わってしまった。
ルールは昼食の時間までに、ランチメニューを作るというもので決定した。
爺やが丁度食材を買い込んでいた為、料理人たちはそれらを自由に使って料理を作るのだ。
審査員はレイシー、サンディ、オルガ、オーネの四人で、試食後にどちらかに投票することになっていた。
「身内だからって、贔屓はしませんわよ?」
サンディは言い放った。
「私、いつか勝負してみたいなんてこの前言ったけど、今日始まっちゃうなんてー……」
「うん……わたしも、びっくりしちゃった」
あまりにも突然の決闘に、レイシーも同じ気持ちを抱いていた。
頭を抱えるオーネの肩に、サンディは手を置いた。
「二人とも、そう気負いする必要はないですわ。料理をするのは爺やとあなたのお父様なのですから」
「でも……」
「何も殴り合いではないのですから、気楽に行きましょう。それにこれを通してお互いの料理がもっと上手くなればいいことですわ」
「確かにそうだね……あ、それに、美味しい料理が二品も食べられるよ!」
レイシーはその事に気付くと、急に期待の方が大きくなってきた。
オーネもまた、ほっとしたように息を吐き出していた。
「そっか。サンディもレイシーも、頭が良くて困っちゃうなー」
いよいよ昼が近づいてきた。
審査員たちは食堂に集まっていた。
厨房からは徐々に美味しそうなにおいが漂ってくる。しかし中では今まさに、熱い戦いが繰り広げられているのである。
一体どちらが勝つのだろう?レイシーは審査員でありながらも少しはらはらしてきた。
やがて厨房のドアが開き、二人が戻ってきた。
二人とも銀色の、ドーム状の蓋のある皿を4つ、トレイに乗せて運んできていた。
「お客様。配膳は私が」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。御馳走になります」
先攻はオーネの父だった。
オルガも手伝って、皿が四つとも審査員の前に並べられる。
蓋が開かれた瞬間、魚介の香りのする湯気が勢いよく立ち上った。
「どうぞ。私の献立はアクアパッツァでございます」
「あくあぱっつぁ……?」
「魚のスープの一種ですわ。にんにくやトマトを煮込んだだし汁と、白身魚を合わせていますのよ。さぁ、いただきましょう」
前に置かれるだけでトマトとオリーブ油の良い香りがした。
よく煮込まれた魚は口の中に入れるとほろりと崩れ、染み込んだエキスが広がっていく。
ほっぺたが落ちる、とはまさにこのことだった。
「なにこれ……すごい……ずっと、食べていたいかも……」
「あら、美味しい。お店の味……って、食堂をやっておられるのでしたから当然ですわね」
「素晴らしい。食べたことのない、素晴らしい味です」
「流石とと様!」
「長く店にお出しさせていただいた伝統の味です。堅実な美味しさを提供する。それが、私の料理です」
舌鼓を打つ審査員たちに、表情を崩さず彼は言った。
何度も作った経験に裏打ちされた、確かな技術と美味しさが、そこにはあった。
次は爺やの番だった。
先攻のレベルが高かったため、レイシーは不安を覚える。
サンディ同様身内贔屓をするつもりはなかったが、爺やに恥をかいてほしくはなかった。
「爺や……? 爺やの料理は、なに……?」
恐る恐る聞いたレイシーに、爺やは笑顔で答えた。
「私の料理は……スシでございます」