オーネとレイシー Ⅰ
この辺りは木々が少なく、落ち葉の隙間からのぞく地面も石の色をしていた。
オーネがいると聞いて一刻も早く駆けつけたいのは山々だが、うっかりすると石につま先を引っかけてしまいそうだった。レイシーは慎重に足を進めた。
そんな森の岩場を進んでいくと、周囲の石よりも巨大な岩が二つ、ほとんど密着するように並んでいるのが見えてきた。
オーネはその大岩の間に右腕を突っ込んでいるような形でしゃがみこんでいた。
「あ、サンディ! レイシーも! 戻ってきてくれたんだねー!心細かったよー!」
白い歯を見せて彼女は笑い、自由な方の手をこちらに元気よく振った。
見たところ大きな怪我はないようだ。心配していたレイシーがすぐに彼女に駆け寄ると、サンディも歩いてついてきた。
「オーネ! よかった、無事で! どうしたの?」
「腕が、挟まっちゃったー!岩に!」
「どうしてこんなことになってしまいましたの?」
「あのね、岩の間に良いきのこがあるのを見つけたんだー。取ろうと思って手を伸ばしたらなんか挟まっちゃって、腕が抜けなくなっちゃったんだ! そこで、サンディに見つけてもらえたわけだよー!」
「え!? 自分で入って行っちゃったの!?」
「お恥ずかしいことにその通りー……」
彼女は頭を掻いた。
とにかく怪我がなくてよかったとレイシーが胸をなでおろす一方で、サンディがやれやれ、と呆れたようなため息をつくのが聞こえた。
「あなたのお父様、わたくしの屋敷に来られましたわよ。大変心配しておられましたわ」
「……え!? とと様が!? こっそり出てきたのにそれは申し訳ないなー……早く知らせてあげてほしい……です」
かなりの大事になっていると気づいた彼女は赤面し、しおらしくなった。サンディは岩の周りやオーネの腕の様子を一通り観察した後、こう言った。
「うーん、岩も大きいですし、二人で助けるのは厳しそうですわね……」
確かに岩は近くで見ると更に大きく見えた。レイシーの身長の3、4倍はありそうなほどだ。少女二人だけで何とかするのは難題であるに違いなかった。
「わたくしはあなたのお父様に知らせるついでに、オーネが岩から抜けるための応援を呼んできますわ。そろそろ爺やも帰ってきているでしょうしね。ではレイシー、それまでオーネを見ていて下さる?」
「わかった。行ってらっしゃい」
サンディが急ぎ足で去っていくのを見届けると、レイシーはオーネの方に向き直った。
「まさか、とと様を心配させちゃうなんて―……私、何でこんなことしちゃったんだろー……」
尊敬する父に迷惑をかけたオーネはショックを受けているらしい。いつもの元気さは鳴りを潜め、下ばかり向いている。
そこに、レイシーは話しかけた。
「きのこを採ろうとしたのは、お父さんに喜んでもらうためなんだよね?」
「うんー……良い食材を使ったら、とと様も料理が楽しくなるかなーって……」
「市場ではわたしもそうやって迷子になってたんだよ。極東のナイフがあればみんな、料理が楽しくなるかなって」
レイシーはオーネの近くの手ごろな大きさの石に腰を下ろした。
「でも、サンディが言ってたよ。迷子になったら、色んな人に迷惑をかけちゃうんだって。だから、気を付けようって思ったんだ」
「迷惑をかける……喜んでもらおうとばかり思ってたからそれは考えたこと無かったなー」
「だけどわたしは、他の人に喜んでもらおうと思う事そのものは、とってもいいことだと思うんだ。だから、これもサンディの言ってたことだけど、行動を起こす前にはそれをするとどうなるか、をしっかり考えてから行動するといいんだって。大丈夫、オーネならできるよ」
元気を伝えようと、レイシーはぐっと拳を握り締める。オーネは顔を上げてくれた。
「そっか……小っちゃいのに、レイシーは物知りなんだね。教えてくれて、ありがとう。今度、何か料理をおごるよ」
「お礼なんていいよ。わたしたち、友だちだもん」
「そっかー……そだねー! 一本取られたよー!」
「だけどそれはそれとして、オーネのごはんは食べたい……かも」
「結局そうなのかー……!あははははっ」
「ふふふっ」
顔を見合わせた二人の笑い声が、森の中に響いた。
屋敷の人以外とこうして笑顔を交わすのは初めてで、新鮮な気持ちがした。
「ところで隙間にはどんなきのこがあったの?見てもいい?」
「いいよー。あの色合いは間違いないよ、王都でも高級食材として知られるトリュフだよ!」
「とりゅふ……?」
「そういうきのこがあるんだよー!とっても珍しくて、独特の香りと味には美食家たちも注目しているんだー! ファンクラブもできちゃうほどなんだよー!」
「へぇー……」
そんな人気を誇る凄い物が棲家の近くにあると言われても、いまいち実感がわかなかった。
どんなものか見物したい気持ちが募り、レイシーは隙間の近くにやってきた。
「お、見てみたい? だけどごめん、私は動けないんだー。手は動かないのにもうお手上げ!」
「大丈夫だよ、上から見るから」
しゃがみこむオーネの頭上から狭い隙間を覗きこむと、泥のような色をした小さな石ころが、影の中に転がっているのが見えた。きのこらしき物はどこにも見当たらない。
「きのこが見えない……石ころしかしかないよ?」
「きっとそれがトリュフだよー!ぱっと見だけだと、石ころに似てるんだ!」
「あれが!? ほんと!?」
とてもそうには見えなかった。もっとしっかり見てみようと、岩を押すように顔を近づけた。
岩がぐらりと揺れ、向こう側に倒れ始めたのはその時だった。
「……あれ?」
「え?」