クエスト・フォー・オーネ Ⅱ
朝日を受け豊かな色彩を放つ紅葉の森は相変わらず美しかったが、今は眺めている場合ではない。
屋敷の外に出てからというものの、レイシーの不安は徐々に大きくなってきた。いつもの散歩道を歩く足取りさえ、そわそわと覚束ない。
迷っていたらどうしよう。もう会えなかったらどうしよう。
どこからか生じる不吉な声が、脳に直接響いてくる。それを振り払うかのように、レイシーは小さく頭を振った。
「不安ですの?」
レイシーの様子に気づいたサンディが声をかけてきた。
彼女は心配そうにこちらを覗きこんでいる。
「うん……もう、オーネと会えなくなったらどうしようって……だって、オーネはわたしの、初めてできた友だちだから……」
「大丈夫。わたくしがついていますわ。それに、人一人何て大きな探しものですもの、きのこや木の実を探したわたくしたちに見つからないはずはありませんわ」
サンディはどん、と自らの胸を叩いた。射し込んだ明るい光に、彼女の笑顔が照らされた。
希望が見えた気がして胸のもやもやは幾分か楽になる。彼女がいてくれてよかったと、レイシーは改めて思った。
「ねぇ、サンディ。この前は迷子になってごめんなさい」
「いきなりどうしましたの?」
「わたしがいなくなったせいでサンディに同じ気持ちをさせたのかもしれないって思うと……申し訳なくって……」
「あれはもういいのですわ。目を放してしまったわたくしも悪いのですし……」
サンディも少しだけ申し訳ない顔をした。
「だけど、任せて。あなたは、わたくしが守りますから。そして、オーネも見つけますわ」
強く、サンディはそう言い切った。
しかしそれはどこか自分を戒めるような物言いだった。
「よかった……頼りにしてるね。ところでサンディ、どこを探す?」
「そうですわね……谷へ行ってみましょう。谷はこの森の果てに在りますから、この森を知らない人が歩けば、大体はそこにたどり着くと思いますわ」
「たに?」
「そういえばレイシーは谷を見たことがありませんでしたわね。谷と言うのは、大きな地面の裂け目ですわ。もう大丈夫だとは思うけれど、落ちないように気を付けてね」
谷は星を見た丘よりも、水浴びをしていた川よりも、さらに先にあった。
長い距離だったが、二人でオーネの名前を呼びながら歩いていると、思ったより早く到着した。
それは地面を森ごと巨大な斧でばっくり割ったような、とても大きな裂け目だった。
左右を見ても裂け目は続いており、どこからどこまで続いているのか見当もつかない。
「これが、谷……」
「これより先に森はありませんから、市場の方から来たとするなら方角からしてこのあたりに着いているとは思うのですけれど……」
「手分けして探そう」
「そうしましょう。しばらくしたら、もう一度ここに集合しますわよ。もう一度言うけれど、落ちないように気を付けてね」
「うん」
レイシーはサンディと別れると、谷に沿って歩きはじめた。
きょろきょろしながらオーネの名前を呼ぶが、彼女はおろか人の気配すら感じられない。
ふと、跪いて谷を覗きこんでみると、遥か下にごつごつした岩場が見えた。茶色の落ち葉がはらはら、その底へ吸い込まれて見えなくなっていく。
「……深いなあ」
まさか落ちているはずもあるまい。立ち上がったその時だった。
「……あ?」
ぞくぞくっ、と背筋に悪寒が走った。
視線を感じる。大きな何かが背後からこっちを見ている。
レイシーは凍りついたように動けなくなった。冷や汗が吹き出し、顔を流れていく。後ろを確認したいが、身体が硬直して振り向くこともできない。
そのまま、どれだけの時間が経ったのだろうか。
「レイシー!」
懐かしい声が向こうから聞こえてきた。
サンディがこちらへ向かってきているのだ。
大海で浮木に会ったようにほっとして、ようやく身体が動くようになった。
「サンディ!? どこ!? 助けて! 何かいる!」
「なんですって!? すぐ行きますわ!」
刹那、必死の形相をしたサンディがすごい速さで駆けてきた。
「大丈夫ですの!? 怪我はない!?」
「う、うん……」
「そいつはどこにいますの!?」
「う、うん……そこに……あれっ?」
振り向くと、後ろには何もなかった。
先ほどまで感じていた威圧感も、もう既に消えていた。
「……気のせい、だったのかな? でも、確かに……」
困惑するレイシーの横で、サンディは少し考えてから、言った。
「うーん、モンスターは駆除されているはずですし、ここは森の奥ですから、おそらく熊か何かですわね……」
「く、くま? それって、危ないんじゃ……」
「この森の熊はよほど気が立ってない限り、向こうから攻撃してくることはありませんわ。安心していいですわよ」
「わかった……ところで、サンディは何でこっちに来てたの? 手分けするはずだったんじゃ……」
それを聞くと、彼女は嬉しそうに告げた。
「オーネを見つけたのですわ! 向こうから彼女の助けてと言う声が聞こえたから行ってみたら、彼女が岩の間に腕を挟まれていましたわ。一人で助けるよりも二人の方がいいと思って、本当はそれでレイシーを呼びに来たのですわ」
「ほんと!? 早く行こう!」