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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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紅葉の森 Ⅲ

 夜の森は真っ赤な葉の色すらわからないほど暗かった。

 日が落ちるのもいつもより大分早く、不気味な冷気が森全体を包んでいるような錯覚すら感じる。

 更に木々の間に黒い紙のように貼りついた闇のせいで、少し先すら見通せない。今にも何かが暗闇を突き破り、こちらへ飛びかかってきそうな雰囲気があった。


「……暗いなあ……」


 心細くなったレイシーは、サンディの手をぎゅっと握った。

 闇の中、伝わる彼女の手の温もりが、凍りつくような不安をゆっくりと溶かしてくれる。


「大丈夫ですわ。わたくしはこのあたりを良く知っていますけれど、猛獣や怪物はいませんから」


「うん……」


 サンディの手につかまって、空が見える瞬間を待ちわびながら、レイシーは歩みを進めた。




 やがて、黒い闇の中に、夜の明かりに照らされた森の出口が見えてきた。ようやく丘に着いたのだ。

 そこで突然、サンディは足を止めた。


「サンディ……? どうしたの?」


 レイシーは少しだけ苛立った。闇が明けるのを楽しみに歩いてきた自分にとっては焦らされているような気持ちがしていた。


「目を、つぶってくださる?」


「なんで? はやくいこうよ」


「一番きれいな景色を一番きれいなタイミングで見せてあげたいからですわ。ごはんでも、一番おいしい物を、お腹が空いた一番おいしく食べられるときに頂きたいでしょう? それと同じですわ」


「うーそうだね。……わかった」


 レイシーはしぶしぶ目を閉じ、再び暗闇の中へと戻った。

 サンディの導きのままに歩き、坂を上っていく。その時間は異様なほど長く感じた。


「もう目を開けて良いですわよ」


 目を開けるとすぐ目に入ったのは、藍色の布にいっぱいの輝石を散りばめたような夜空だった。


「わあ……」


 一瞬、自分の身体が浮かび上がって、夜空のすぐ下まで来ているような感覚がした。 

 手が届きそうなほど近くに星があるような気がして、きれいな金色に輝く三日月に座れそうな気がして、レイシーは思わず手を伸ばす。そこでようやく自分は丘のてっぺんに立っていることに気が付いた。

 いつか屋上で、夕食を食べながら星を見たことを思い出した。丘の上であるからか、あの時よりも星空が近くまで迫ってきているような、そんな気がした。


「きれいでしょう?」


「うん……空を、飛んでいるみたい」


 目を開けた瞬間感じた浮かんでいるような不思議な感覚は、確かに目を閉じるだけの価値があるものだっただろう。サンディはそれを味わってほしかったに違いない。

 うっとりと頭上のきらめきを眺めていると、ふと、足元から音がした。

 リンリンというきれいな音が、地面の草むらから聞こえてきている。


「サンディ、この音、なに?」


「これは虫の声ですわ。この時期はこういうきれいな音も楽しめますの。耳をすませてごらんなさい」


 耳に神経を集中すると、一つだけでなく、たくさんの虫の声が丘の草むらから聞こえてくるのがわかった。

 リンリンと鈴が鳴るような音がまるで一つの曲を奏でているかのように聞こえる。目だけでなく耳でも楽しめる自然があるのだなと、この星空の演奏会を聴きながら思った。


「きれい……だけどサンディ、どうして虫は鳴くの?」


「子どもをつくるためですわ」


 サンディもこの景色をうっとりと眺めながら、答えてくれた。


「動物や虫にもわたくし達と同じように性別がありますの。人間と区別して男性をオス、女性をメスと呼んでいますわ」


「男性と女性が一緒になって、子どもをつくるんだよね。動物も人間も、同じなんだね」


「ええ。卵から生まれて、さなぎになって、そうして成虫になって、こんな風に鳴きますのよ。次の命を残すために」


 そう聞くと、一見きれいなこの音色も、命をつなぐための決死の叫びなのかもしれない。

 レイシーは気付いた。昼間食べたきのこも、この虫たちも、みんな何かを残すため成長しているのだ。


「サンディ。わたし、わかったことがあるんだ」


「なあに?」


「成長するのはわたしだけじゃないんだね。きのこも虫も、変わっていく中でみんな精一杯生きて、成長しているんだね。何かを残すために」


「ええ。レイシーも、わたくしも、この森も。みんなみんな、成長するのですわ」


「それが、命、なのかな。……わたしも、一日一日を大事に生きていきたいな」


 自分はあとどれくらい生きていられるのだろう。どこまで成長できるのだろう。何を残せるのだろう。

 このたくましい森の命のように、目の前に広がるまっさらな人生を全力で歩んでいこうとレイシーは思った。


「さて、名残惜しいけれどそろそろ帰りましょう。先の事を考えるのも大切な事ですけど、まずは今日やることを終わらせないといけませんわよ」


「じゃあ、ずっと外にいて汚れているから、お風呂に入ろう! 一緒に流しっこ、しようよ!」


「その後は晩ご飯ですわね。爺やは何を作ってくれるのでしょうね」


 二人は手をつなぎ、夜の丘を下って行った。

 屋敷へと帰る少女たちの背中を押すように、夜風が草原を撫でた。

最近、自分の周りに体調を崩す方が増えている気がします。自分もやられてしまい、現在療養中です……皆さんもどうかお気をつけください。

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