紅葉の森 Ⅰ
「わあっ、きれい!」
レイシーがベッドから起きてすぐ窓を開けると、真っ赤に染まった森が目に入った。
緑色だった木々の葉っぱが今は朝日を浴びて、燃えるような赤色を発しているのだ。
しかしその炎のような色とは対照的に、外気はひんやりしてむしろ肌寒いくらいだった。
「おはよう、レイシー。どうしましたの?」
「おはよう、サンディ! みてみて、森がまっかっか!」
「まあ、紅葉ですわ……きれいに色づきましたわね」
隣で眠っていたサンディもレイシーの歓声で目覚め、外の紅葉を眺めた。
「赤い色だから、木も火に当たりたいって言ってるのかな。どうしてこんな風に色が変わるの? そういえば、真っ赤になる前から、ちょっとずつ緑じゃなくなってたよね」
「葉っぱの緑色は、光を集める部分なのですわ。けれど、最近は時期が変わって、早く日が落ちるようになってきたでしょう? 光が集めにくくなったら葉っぱはいらなくなりますから、徐々に色が変わってこういう色になりますの。最後は落ち葉になって無くなりますのよ」
「え、葉っぱ、無くなっちゃうの!?」
青々とした緑の森が、レイシーは好きだった。眼前の赤い森も美しい。
葉っぱが無くなってしまえば、このような光景はもう見られないのだろうか?レイシーは少し不安になる。
「大丈夫ですわ。寒い時期……難しく言うと寒期と言うのですけれど、その間だけですわよ。また温かくなって日も長くなれば、元のように緑色の葉っぱがつきますわ」
「ほんと?」
「ええ。暑い時期は暑期と呼んでいるのですけれど、それまでにはきっと、見慣れた緑に戻っていますわよ」
「よかった……」
心配事が消え、レイシーはほっと胸をなでおろした。
「だけど、変わって行くものを楽しむのもまた面白いものですわよ。レイシーも、いつも同じ夕食だと飽きてしまうでしょう?」
「うん」
彼女の言う事には納得できる。
確かに好きな食べ物は多いが、ずっとそればかり続いてしまうとどこかでうんざりするだろう。
「緑の森も、赤い森も、葉っぱのない森も、それぞれ楽しんでいきましょう。森はどの時期でも、見どころがたくさんありますのよ」
「じゃあ、今日はお散歩だね! 楽しみ!」
「ええ。一緒に行きましょうね」
様相を変えた森に繰り出すということで、レイシーはわくわくした。
寝間着のままぐいぐいサンディを引っ張って、寝室を出て行くのだった。
朝食を済ませると外行き用の服に二人は着替えた。
冷え込んでいたので、オルガが手編みした赤いセーターも着せてもらった。
サンディも同じセーターに身を包む。お揃いの服を着た二人は、屋敷の玄関に立った。
「さぁ、行きましょう。バスケットはちゃんと持ったかしら?」
「持ったけど……どうして二つ要るの?」
サンディは既にバスケットを手から提げている。
自分まで持っていったら、余分ではないだろうか?
「それはね、お楽しみですわ」
彼女は意味有りげに笑みを浮かべた。
こう言うからには、何か楽しいことが用意されているのだろう。
彼女の思惑に乗ってやろうと思うと同時に、期待に胸を膨らませた。
外に出て間近で見ると、更に森の彩りが豊かになったように思えた。
二人の少女は手をつなぐと、赤と橙のトンネルとなった森へと歩き出した。
葉の隙間から差し込んでくる光は、もう既に夕暮れになったかのような色だった。
落ち葉の敷き詰められた柔らかい地面に足を踏み入れると、しゃか、しゃかと心地いい音がする。
時々小さなリスが走ってきて、落ちているドングリを口に詰め込んでいった。
「この暑期と寒期の間では、森でおいしい食材がたくさん採れますのよ。ほら、ご覧なさい」
ある程度森を進んだところでサンディは立ち止まり、地面を指さした。
彼女が示した場所を見ると、木の根元の、落ち葉の隙間から小さな茶色い傘が顔を出していた。
「きのこだ……! とってきてあげる!」
屈んできのこを掴むと、手触りは堅く、地面にどっしりと根を張っていた。
レイシーは力を入れ、それを一気に引き抜く。見るからに食べごたえがありそうだ。
「サンディ。あげるね」
彼女は笑顔を浮かべながら差し出されたきのこを受け取り。手に提げたバスケットに入れた。
「ありがとう、レイシー。まだまだいっぱいありますから、二人で一緒に探しましょう。あなたのバスケットにも、どんどん入れていっていいのですわよ」
「うん、わかった!」
レイシーとサンディは地面に目を凝らし、夢中になって探索を始めた。
その小さな手が汚れるのも気にせずに、落ち葉や茂みをかき分けて、何かないかと見て回る。
「あっ、見つけましたわ!とっても大きいですわよ!」
「こっちも見つけた!」
空だった籠はみるみるうちに、きのこや栗、木の実で満たされていく。
バスケットを二つも持ってきたのは、心ゆくまで森のめぐみを採集するためだったようだ。
「わたくしとレイシー、どちらがたくさん見つけられるか競争しましょうか!」
「うん!」
二人は時間を忘れたかのように、宝さがしに熱中した。
それはまるでサンディと一緒に、紅色の洞窟で探検をしているような、とてもうきうきする出来事で。
様変わりしてくれてありがとうと、レイシーは森に感謝した。