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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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友だちの気持ち Ⅰ

「はーい、ようこそ……って、さっきの子だねー! サンディ、だったかなー?」


「ええ。オーネ、レイシーを見なかった?」


 同じころ、サンディは先ほどの食堂に駆け込んでいた。

 突然握っていた手の感覚が消えたと思うと、サンディはレイシーを見失った。

 そのまま群衆の中を探し回ったが見つからず、ここに戻っているのかもしれないと考えたからであった。


「うーん。見てないなー。まいご?」


「そうなのですわ。人ごみの中でいきなり姿が見えなくなって……」


「大変だ! 友だちのピンチ、私も一緒に探すよ! とと様、いいよね!?」

 

 まるで自分の危機であるかのように焦るオーネは、厨房の方を振り返る。

 そこで料理をしていた彼女の父は、すぐに大声で答えた。


「そうだな。じゃあ、今いる二人のお客さんの分を作ったら、お前が戻るまで店を閉めるよ! しっかり手伝ってやるんだぞ!」


「ありがとー、とと様ー! じゃあ、さっそく……」


「待ってくれ。僕たちにも探させてくれ」


 袖をまくり、飛び出そうとしたオーネは座っていた客に呼び止められた。

 よく見てみると、客として来ていたのは先ほど出会ったヤーコブとアリエッタだった。


「あら、あなたたちは……!? 気付きませんでしたわ」


「連れの買い物が長引いていてね、少し休憩してたんだ」


「気付かないのも、焦っていたのでしたら仕方がありませんよ。それより、早く彼女を見つけてあげないと」


「ああ。市場の横路は似たような場所がたくさんあるから、知らない者にとっては迷いやすい。それに何かの間違いで裏通りに入ったら大変だ。一刻も早く見つけないと」


 二人は勢いよく立ちあがった。


「すまない、料理長!僕たちも席を外す、料理は後でいい!」


「はいよ!」


 サンディ、ヤーコブ、アリエッタ、オーネは食堂を出た。

 すでに太陽は沈みかかっている。四つの影は急ぎ足だった。

 

「手分けして探しますわよ。しばらくしたら、またここで合流しましょう」


「わかった」


「わかりました」


「わかったよー!」


 顔を見合わせて頷き合うと、四人は散り散りに駆けて行った。




 建物に入るとすぐ、レイシーの鼻は強い刺激臭を感じ取った。

 ここはどうやら何かの店らしい。蝋燭の暗い光の中、むせ返る程の酒や煙の臭いが立ち込めている。

 樽をそのまま置いた粗雑なテーブルでは、いつかの盗賊たちのような身なりの男たちが泡立つジョッキをあおったり、カードで遊んだりしている。

 店の奥に目をやると、両手を広げてもまだ足りないほどの大きな掲示板が立てられている。

 そこには数字と人の顔が書かれた紙が所狭しと貼られていた。

 目を凝らしてみると、数字は金額であるらしい。人の顔には「標的」と書かれていた。

 沢山の酒瓶の並べられたカウンターでは胸の谷間を強調するような服装の、婀娜めいた女が男の愚痴に付き合っていた。

 一体ここは何なんだ。レイシーはすぐに自分が来てはいけないところに来てしまったと悟った。

 すぐに後ずさりして出て行こうとしたが、固い何かにぶつかった。


「なんだ? 嬢ちゃん。子ども一人で、傭兵ギルドに何の用だ?」


「あ……」


 低く重い声に呼び掛けられて、上を向く。

 ぶつかったのは眼光鋭い、レイシーの身長の二倍はありそうな男だった。

 禿げ上がった頭に筋骨隆々の身体には、ところどころ肌の見えた軽鎧と怪しく煌めく宝石のついた手甲がつけられている。

 何よりも凄まじいのはその威圧感で、素人のレイシーにさえ、この男はいくつもの修羅場をくぐってきたのだとわかる。

 いつか見た盗賊の兄貴よりもさらに強大な存在を前に、ぺたん、と腰が抜けてしまった。

 一方でその大男は珍しいものを見るような目でこちらを見下ろしていた。


「いいか嬢ちゃん。傭兵ってのはな、雇われて人殺しをする仕事だぞ。ハンターと違って誇れる仕事じゃあない。まあ、身寄りがないってのなら止めねえがな?」


「い、いや、なんでもないんです。場所を間違えたんです、帰ります」


 なんとか口からそれだけの言葉を引っ張り出す。

 しかし、抜けてしまった腰にはうまく力が入らず、言葉の通りに帰ることはできなかった。

 ただ心臓だけが身体から逃げ出そうとするように、どきん、どきんと肋骨を叩いていた。


「まあ待ちなって。市場の裏通りは荒くればっかりいて危ないぞ。俺が送ってやる」


 意外にも大男は親しみやすそうな笑みを作り、レイシーに手甲に覆われた手を差し出してきた。


「おいおい、『剛拳』のやつ、子どもに手を出してるぞ」


「こんなとこに来るってことはどうせ花売りか春売りだろ? ちょうどいいじゃねえか、買ってやれよ。『剛拳』のサイズには合わねえかもしれんがな」


「よく見たらかわいいな。最近女房に逃げられたんだ。子どもでもいいや、遊ばねえか?」


 後ろで屯していた男たちが下品な野次を飛ばしながらふらふらと近づいてくる。

 普段なら何か言い返したかもしれないが、今のレイシーにそうするだけの心の余裕はない。


「え、わ、わたしは……」


「やかましい! うるせえぞお前ら!」


 代わりに怒ってくれたのは、『剛拳』と呼ばれた目の前の大男だった。

 どすの効いた大声で彼は叫ぶ。酒場全体がびりびりと震え、一瞬だけ静かになる。

 男たちは突然酔いが覚めたような顔をして、逃げるように戻っていった。


「いきなり怒鳴ってすまねえな、嬢ちゃん」


 大男はこちらを見るとすぐに笑みを作り直した。

 彼はおそらく、本当に親切で言ってくれているのだろう。


「あ、わたし……帰りたい……」


 しかしその手を取ろうとすると、どうしても身体ががたがた震えてしまう。

 会ったばかりの、しかも自分よりも大きな存在と一緒に行くことはとてもできなかった。

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