市場にて Ⅱ
「あっ」
再び二人で手をつないで市場を歩いていると、サンディは何かを見つけたような声を上げた。
「どうしたのサンディ? 面白いもの、あった?」
「わたくしの友だちを見かけましたの。向こうもこっちに気付いていますわ。紹介してあげますわよ」
待っていると、人ごみの中から少年と少女が姿を現した。
よほど仲がいいのか、二人はほとんど密着したような距離でこちらにやってくる。
「サンディ。ここに来ていたんだね」
少年が滑舌のいい、落ち着いた声で話した。
身長の高い彼はこちらより少し年上のように見えた。短くカールした茶髪に、端正なすらっとした顔立ちの美少年だ。緑色のマントに背嚢と、旅人の服装をしている。
「まあ、お久しぶり。また会えてうれしいわ」
いっぽうで少女はころころした、愛らしい声で話した。
レイシーと同じくらいの小さな子どもで、こちらも旅人の身なりをしている。
まるっとした輪郭とぱっちりした目、長く艶のある茶髪が魅力的だった。
「紹介しますわ。この二人は、男性の方がヤーコブ、女性の方がアリエッタといいますわ。きょうだいなのですわよ」
「きょうだいって……何だったっけ?」
「同じ親から生まれた人たちの事ですわよ。二人は生まれる前から一緒でしたの。先に生まれたのはヤーコブですから、彼がお兄さん、アリエッタは妹ですわ」
「へぇ……」
いつか見た人形劇の王子と王女みたいなものだろうか。
二人を交互に見てみると、確かに髪の色は両方とも茶髪で、似ているところがあった。
「こちらの子は?」
「この子はレイシーと言いますわ。身寄りのないところを引き取って、今ではわたくしの大切な家族ですのよ」
「そうか。だったら、君も僕の友だね。僕はヤーコブ・フィッチャー。これからよろしく」
「あなたもお友だちになってくれるなら嬉しいわ。私はアリエッタ・フィッチャー。よろしくね!」
「うん、よろしく」
二人が握手を求めて差し出した手を、レイシーは言われるままに取った。
ヤーコブの手は硬くて力強く、アリエッタの手ははぷくぷくした柔らかい感触だった。
「そうそう、そういえば」
「……ああ」
サンディがヤーコブに近づく。
一瞬、二人は顔を寄せて小声で話をした。
会話の全てはよく聞き取れなかったが、「いつまで?」と言っているのが聞こえた。
「……? サンディ、何を話したの?」
「ええと……今日はいつまでこの市場にいるつもりか聞いただけですわ」
様子が怪しいが、どうやら彼女はこのことを隠したいらしい。これ以上追及するのはやめておいた。
「それじゃあ、僕たちはこれで。連れを待たせているからね」
「サンディにレイシー。また会いましょうね」
「さようなら」
「う、うん。またね」
二人は手を振ると、雑踏の中に消えて行った。
「どう?レイシー。彼らとは仲良くできそう?」
「……一緒に住んでもいないのに仲良しなんて、ちょっと不思議だなあ」
レイシーはその気持ちを確かめるように握手の感覚の残る自分の手を見た。
つい無意識に握手を交わしてしまったが、レイシーにはいまいち実感がわかなかった。
そもそも彼らと自分は出会ったばかりで、一緒に暮らしているわけでもない。
一体どう親しくなったというのだろう。
「ねぇサンディ。友だちって何? よくわかんなくなっちゃった」
「それは、わたくしにもわかりませんわ。友だちの気持ち……友情って難しいものですから」
その質問にはサンディも難しい顔をしていた。
「爺やは遅いですわね……」
よほど長引いているのか、商品を売りに行った爺やは太陽が高く登りきっても戻ってこなかった。
再び市場を廻りながら彼を待っていると、きゅるきゅる、とレイシーの腹の虫が鳴いた。
「おなか、すいたなあ……」
「仕方がありませんから、先に昼のごはんをいただきましょう」
屋台の立ち並ぶ通りを横路に入ると、テントとは違いしっかりした石材で建てられた建物がたくさんあった。
屋根はどれも茶色に塗られており、市場の色とりどりのテントとは対照的に落ち着いた印象を感じる。
「ここは市場の居住区ですのよ。お店を出したり買い物が生活に欠かせない人なんかは、ここで暮らしていますの」
「じゃあ、この灰色の石のおうちはみんなが住んでるところなんだね」
その中の一つに、入り口で看板を出している家がある。
看板には「レハンド食堂」とあった。
「食堂というのは、お金を払って料理を食べさせてもらう所のことですわ。許可さえあれば居住区でこういう商売をしている人もいますのよ」
「ごはん、出るの!? 行こう!」
食いしん坊のレイシーは、空腹をこらえられなくなっていた。
レイシーはサンディをぐいぐい引っ張り、建物の中へと入っていった。
「まあ、よほどお腹が空いていますのね。いっぱい食べましょう」
食堂に入ると、料理に使うハーブの良い香りがした。
小さいながらも心の休まる雰囲気の店内には、5つの四角いテーブルが並んでいる。
「ようこそいらっしゃい! ささ、好きな席にかけてかけて!」
店員の、快活そうな少女がはきはきした声で迎えてくれた。
少女は清潔な給仕服姿で、つやつやした茶髪を三つ編みにしている。歳は自分やサンディよりもう少し上で、身長も高かった。
彼女の勧めに従って、レイシーとサンディは席に着いた。
「メニューはあるかしら?」
「ないけど、材料の限り何でも作れるよ!代金は料理に応じてあらかじめ伝えるよ」
「何でも!? じゃあ、ステーキ! いっぱい食べたい!」
「レイシーったら、はしゃいじゃって……じゃあ、わたくしは野菜のマリネをいただけるかしら」
「わかったー! それならすぐできるよ。1000インと400インでどうかなー?」
「それでいいですわよ。お願いしますわ」
「はいはーい! 承りましたー!」
注文を伝えるため、少女は元気よく駆けて行った。