ものいわぬ先生 Ⅰ
「わあ、広い部屋。ここが書斎なんだね。このいっぱいあるのが本?」
「そうですわ。レイシー、あなたは言葉が上手に話せるようになってきましたから、そろそろ書き言葉にも慣れていこうと思うのですわ」
「明日は市場に行く日だからね」
「待たせてごめんなさいね。盗賊騒ぎがありましたから少し延期していましたわ。王都ほどではないですけれど、市場にも文字が読める人はいるのですわよ」
「それなら、ちゃんと学ばないとね。さっそくこれを読んでみようっと。何かいっぱい書いてある、これが文字?」
「そうですわ。そこは本の裏表紙と言って、本の題名を書いているところですの。ええと、この本は『魔法基礎学』ですわ」
「まほう? 川や盗賊の時にわたしを助けてくれた、あのどかーんびりびりってするやつ?」
「よく覚えていますわね。魔法はマナというエネルギーを操る技術なのですわ。マナはあらゆるところに様々な形で存在し、結びつくことで物を形作っているといわれていますの」
「まな……この本もマナでできてるの?」
「そういうことになりますわね。また、マナには、7つの属性がございますの。本に載っているこの図をご覧なさい」
「この図は水と、火と、石と、木と……白い丸と黒い丸ともう一つ石?」
「もう一つの石は鉱石といって、金属の材料になりますのよ。それと、この二つの丸は光と闇を表していますわ。マナの持つ属性は水、火、土、木、金、そして光と闇の7つですのよ。それらの属性がいろんな形で結びついて、この世の事物は構成されていますの。たとえば、この本は紙の材料になる木のマナの結びつきからできていますわ。また、わたくし達が吸うこの空気も主に火のマナが結びついてできているとされていますの。だからマッチやろうそくは空気の中でも燃えることが出来ますのよ」
「空気が火ってことは、時期が変わったり暑い日があるのもそのせい?」
「うーん、それは色々な説があるから断言はできませんわ。空気は火のマナという考えも今の主流ではあるのですけれど、最近は少し怪しくて……そもそも全ての物は微量ですけれど全てのマナを含んでいることもある、ともされていますし……」
「むずかしいなあ。いろんな人がいろんな考えを持ってるってこと?」
「そうなのですけど……ごめんなさい、うまく説明できなくて。こういうことは王都にある魔法学院で詳しく教えていますわ。そこでは検査をして、その人が持つ属性を教えてもくれますの。人は生まれた時、どれか一つの属性を持って生まれますのよ。それが、その人の扱える魔法になりますの」
「サンディも7つのうちのどれかなの?」
「そうですわ。わたくしの属性は金。金は金属の持つ性質を使えますのよ。たとえば電気を身体に宿して、雷を扱ったりできますの」
「川で助けてくれたときの、あの魔法だね。びっくりしたなあ、あの時は」
「あの時は倒れてしまってごめんなさいね。加減はできるんですけど、モンスター相手でしたし全力で撃ちましたから。物質には触れていないとはいえマナというエネルギーを動かしているわけですし、強くすればするほど疲れてしまうのですわ」
「火打ち石で火おこしする時、たくさん火を起こそうと思ったらいっぱいかちかちしないと駄目、みたいな感じ?」
「だいたいそうですわね。あと、爺やは火の属性を持っていますわ」
「あっ、王子様の人形劇の時の火もそうやって出してたんだね。オルガは?」
「オルガは検査したことがないそうですわ。学院で検査をすればレイシーも属性がわかるかもしれませんし、王都に行ったら一緒にやってみてはどうかしら?」
「学院……みんなで勉強するところだよね。そこに行けばわたしも魔法、使えるようになる?」
「しっかり勉強すれば、みんな少しくらいは使えるようになりますわ。けれど、勉強は段階を踏んでステップアップすることが大切ですのよ。さあ、まずは書き言葉をマスターしますわよ」
「ねぇサンディ、次は何を読もうかな」
「好きな本を持ってくるといいですわよ。文字は教えてあげますから」
「はーい!」
「……あ、本は貴重品ですから大事に扱ってね」
「……ごめんなさいサンディ。ついいっぱい持ってきちゃった」
「きゃっ、レイシー、一体何をしてるんですの!? 一度にそんなにいっぱい積み上げて持ったら、崩れた時危ないですわ!」
「本当にごめんなさい、新しいことを知るのが嬉しくて」
「いっぱい持ってきたのですわね……こんな分厚い本を、何冊も一度になんて……力持ちなのですわね」
「同じような本がいっぱいあったから、全部持ってきちゃった」
「これらはこの地の歴史ですわ。このアイルーン王国はまだまだ新しいですけど、それまでに起きた出来事や神話もまとめてありますの。レイシーに読んでほしいのは最近のここですわ。王国では少し前まで戦乱が起きていましたのよ。王子様の人形劇で見た反乱のさらに前にね」
「戦いの前に戦いが起きていたの? どうして?」
「王様……人の上に立ってみんなをまとめる人がいなかったからですわ。それで、支配領域をめぐって争いがありましたの」
「1つのステーキをちゃんと分けて配る人がいなかったから、取り合いになっちゃったってこと?」
「上手い例えですわね。今はちゃんと地域は小分けになっていて、ここは西の果ての地域ですわ。国を治めた王様は領主の争いを治めて、復興の支援もしながら領地をきちんと分けてあげましたの。今もその領主たちは貴族として、各々の領地を治めていますわ」
「貴族かぁ……そういえばサンディもおおきなお屋敷に住んでたりするけど、貴族じゃないの?」
「わたくしは……なんでもありませんわ。この屋敷は放置されていたのを使っていますし……まあ、その話はまた今度にしましょう」