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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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撃退!盗賊団 Ⅱ

「あなたはレイシー様をなんだと思っておられたのです?」


 爺やは穏やかに話しかけた。


「家族だと……思ってましたわ」


 だが、そう思う権利が今の自分にはあるのだろうか。

 うつむくサンディに爺やはなおも語りかける。


「でしたらあなたが家族になる努力をしなくては。そして、彼女の勇気を褒めてあげるべきです。あのような男に立ち向かうなど、そうそうできることではありませんぞ」


「わたくしにそんな資格があるのかしら?」


「ありますとも。むしろこれは義務ですかな。どうであれ彼女をこの家に引き入れ、一緒に暮らすことを選択したのはお嬢様なのです。だからその責任を取らないといけませんぞ」


 爺やはサンディの肩に手を置いた。

 彼の手は骨ばってはいたが、割れ物を包むような優しい手つきだった。


「そして本当に彼女の意志が気になるのなら、レイシー様自身にどうしたいのか聞いてみるべきです。ただ、私はレイシー様は望んでここにおられるように思いますぞ」


「そうですわね。爺やは何も間違っていませんわ」


 サンディは少し元気が出てきた。

 無理やりであれレイシーの意志であれ、この屋敷に彼女を招き入れたのは自分だ。

 資格がない、などと言い訳をして今更レイシーとの繋がりを否定するのは、それこそ無責任というものだろう。


「なぁに、お嬢様はまだ若いのです。思い悩むこともありましょう。しかし忘れてはいけませんぞ。お嬢様はこの老いぼれと違ってまだまだやり直しがきくのですからな」


 爺やは言いながら、サンディの肩をぽんぽんと叩いた。


「ありがとう、爺や。わたくし、すっきりしましたわ」


「ではお風呂で身体もすっきりしてきてください。……大丈夫です、覗きには行きませんから」


 サンディはソファから立ち上がった。

 浴室へ向かおうとしたところで、ふと、彼女は立ち止まった。


「ずっと前から思っていたのだけれど。爺やはお父さんみたいですわね。オルガはお母さんかしら。レイシーは妹ですわね」


「うーむ、私がお父さんですか……それは少し困りますなあ」


 サンディの突飛な発言に、爺やは複雑な顔をしていた。




 掃除用の服をすっかり取り払い、頭にタオルを巻いたレイシーは風呂に身を沈めた。


「ふぅー……」


 長い息をつくとともに、張りつめた気持ちも抜けていった。

 温かい湯が身に染み込み、凝った身体をほぐしてくれるような快感だ。


「隣、入りますわね」


「あ、サンディ。まってたよ」


 髪をまとめたサンディがやってきて、隣に腰を下ろした。

 ちゃぷ、という音とともに、彼女のしなやかで美しい身体が湯に浸かっていく。


「今日は本当にありがとう。わたくし、あなたに助けられてしまいましたわ」


 先ほど一瞬見られた影のある表情はきれいさっぱり消えており、レイシーは少しだけほっとした。

 しかし、盗賊と相対した時のサンディの震えを思い出した。

 いつも自分の手を引いてくれる彼女の怯えた姿は、レイシーにとって衝撃的なものだった。

 やはりレイシーは彼女が心配になり、質問してみることにした。


「サンディ、大丈夫だった? あんなこと言われてたけど……」


「……ええ。少しだけ、自覚していましたから」


 サンディは目を落とし、お湯の水面に映った自らの顔を見た。


「最初は本当に、言葉を教えようとしただけだったのですわ。ただあなたと一緒にいるのが楽しくて、よければ家族になれたらなって思いましたの。だけど名前をあげたときに、勝手にあなたを連れてきているのにここまでしてよいのか、と思ったことがありましたわ」


「わたしも、よかった。とても楽しかったし、サンディやみんなには感謝しているよ」


「……今更ですけど、元の家を探したりはしなくていいのかしら。勝手に連れてきたという点は兄貴の言うとおりでしたし」


「わたし、前のこと何にも覚えてないよ。それに、ずっと一緒だって約束したでしょう。わたし、ここにいたい。これはわたしが決めたことだから、サンディは悪くないよ」


「そう……よかったですわ」


 サンディは安心したように天井を仰ぎ見た。

 いつも自信たっぷりに導いてくれるサンディも、こうして迷うことは有るのだ。

 彼女は自分との生活を楽しみながらも、自分のことを真剣に考えてくれているのだなと思った。

 だからこそ、それをごっこ遊びと決めつけた兄貴にあんな燃え上がるような気持ちを抱いたのかもしれない。

 そういえば、あの気持ちはいったいなんだったのだろう?


「ねえ、サンディ」


「なあに?」


「あの人がわたしたちをごっこ遊びだって言った時。わたし、とってもいらいらした。身体が熱くなった。サンディをいじめられて、今すぐ黙らせてやりたいって、そう思って……それで大声で叫んだんだ。これって、なんだろう?」


「それはね、レイシー。『怒り』の気持ちですわ」


「イカリ?」


「『怒り』は馬鹿にされたり、嫌なことが起きた時に起こる気持ちの一つですの。すごい力が出ますのよ。ただ、怒りにとらわれると周りが見えなくなって、色んな人を傷つけてしまうこともあるのですけど……あなたは優しいから、わたくしのために怒ってくれたのですわね。ありがとう」


 レイシーの勇気を労うように、サンディは頭を撫でてくれた。


「撫でてくれるの、今日二回目だね」


「あら、嫌でしたの?」


「……ううん。もっとしてほしい」


 レイシーは温かい湯気の中で、タオル越しの柔らかい手の感触を楽しむ。

 心地良い湯の中で大好きなサンディに褒めてもらえるのは、この上ない喜びだった。


「本当に、今日はありがとう。これからはきちんと、わたくしがあなたを守りますわ」


 彼女の決意するような声が、浴場に響きわたった。



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