はじめての戦い Ⅱ
追い出されたダガーはそのまま地面にたたきつけられた。
「ぎゃあっ!……あいたたた、効いたよ……」
「大丈夫かダガー?」
「その声はひげか……そういえば救護をしていたんだったね……?」
「俺はあまりに嫌そうな顔したせいで、襲撃メンバーから外されたんだ。それで、外で負傷した兄弟を助けろって言われてるんだ。兄貴、家族は大事にするからな」
「そうか……兄貴に伝えてくれ……初恋は、いつも儚い…がくっ」
「はーやれやれ。世話の焼ける……そういえばのっぽも戻って来てねえな、探さねえと。まあ、屋敷には兄貴が入ったしその間に探すかな」
サンディとともに二人の盗賊を退けたレイシーは、早くも勝利したような気分だった。
「ねえサンディ、盗賊はもう来ないの?」
「外はまだ戦いの音がしますし、来てもおかしくはないですわね。でも大丈夫、わたくしたちならきっと追い払えますわ」
「そうだね。どんな奴が来ても、きっと勝てるよ。わたしたち二人なら」
レイシーはすっかり上機嫌だった。
そんな二人の前に、最後の敵が現れた。
どしんどしんと階段を上り、巨体がやって来る。
荒々しく刈られた短髪を頂いた、古傷だらけの眼帯の巨人が迫ってきた。
先ほど玄関で迎え撃った男も大きかったが、その男はさらに一回り大きかった。
ちぐはぐな鎧からのぞく全身の傷が、彼の為してきた無数の悪事を物語っている。
改めて近くで見るとまるで解き放たれた猛獣のような、凄まじい威圧感がある。
「よお、小娘ども」
「え……大きい!?」
ぎろり、と鋭い眼で睨まれ、レイシーの心臓が縮み上がった。
恐怖が帰還し、先ほどまでみなぎってきていたやる気が体の奥まで押し戻されてしまう感覚がする。
外で見たときは何ともなかったのに、近くで見るとこうも違うのか。
「今度こそリベンジしてくれる!」
「あら、兄貴……でしたっけ?律儀にどうも」
兄貴と呼ばれた大男の咆哮をサンディは軽くあしらう。
自分より少し背の高いサンディも、大の男である兄貴と並べばまるで小動物のように小さい。
彼女は何度も撃退したと言ったが、本当に大丈夫なのだろうか。
「サンディ……だいじょうぶ……?」
「だいじょうぶ、ですわ」
溺れる者がするように、レイシーはサンディの服にすがりつく。
彼女は笑顔で応えてくれた。
その様子を見た兄貴は何かに感心した様子で口を開いた。
「ずいぶんと懐いているじゃねえか、その嬢ちゃん。さしずめ拾った子どもってとこか?」
「冴えているのですわね」
「捨て子を勝手に拾って家族扱いか。結構なこった。すげえ盗賊だな」
「何を。レイシーは正真正銘わたくしたちの家族、仲間ですわ!」
サンディは胸を張ってそう言う。
しかし家族という言葉を聞いた兄貴は何かを思いついたように、にやりと口元をゆがめた。
「本当にか?」
隙を見せた獲物を追い詰めるような、邪悪な笑みが彼の顔には浮かんでいた。
「へぇ。じゃあそれはこいつの親の前でも言えるのか? このお嬢ちゃんを血眼で探してるかもしれねえ親御さんに向けて、これは自分たちの家族だって言えるのか?」
「それは……この子は、何も覚えていなくて……」
「だから勝手に家族にしてもいいってか? その決定にこいつの意志はどのくらい入っていた?」
サンディは言葉に詰まった。
勝ち誇る兄貴は畳み掛けるように言葉を続ける。
「どこから来たかわからない女を勝手に養い家族扱いとはな。本当の親が探しているとか思わねえのか? 思ってねえなら、盗んでいるのと同じだ。俺達と同じ、いや、俺たち以上の盗賊だよ」
「違います……違いますわ……! わたくしは言葉を教えようと……」
「さっき言葉をしゃべっているのを見たぞ。喋れるようになってからお前は少しでもこいつの身元を調べたりはしなかったのか?」
「だ、黙りなさい……! 何をいまさら、そんなこと……! あなたになんて言われたくないですわ! そちらこそ盗賊のくせに!」
「俺の兄弟はみんな、やりたくてやってる仲間ばっかりだ。そういうのを家族っていうんじゃねえのか?そいつの意志も聞かずに勝手に家族にしたお前とは違う」
「レイシーは自分の口から一緒にいたいって言ってくれましたわ……」
「そこまで洗脳したのか!あんたも大した悪党だな」
「せ、洗脳……!? そんな、ことは」
サンディの手の震えがこちらにも伝わってくる。
先ほどの笑顔が嘘のように動揺しているのがわかる。
そんな弱らされた彼女の様子を見ると恐怖から一転して、心がむかむかしてきた。
あいつのせいでサンディは苦しんでいる。
全身に力が入り、今すぐにでもあの男に飛びかかりたくなる。
それは先ほどダガーに感じたものよりもさらに強く、熱い感情だった。
「それ見ろ、お前らの言う家族なんて、所詮は自分勝手の産物だ。そんなごっこ遊びに付き合わされてこの小娘も可哀想だ……」
その言葉でせりあがって来ていた心の熱がぱぁんと弾け、怖さをすっかり吹き飛ばした。
「だまれ!」
気が付けばレイシーは叫んでいた。
「あ!? なんだてめえ!?」
「……レイシー!?」
突然声をあげたことに驚いたのか、兄貴もサンディも驚いた顔でこちらを見ている。
「可愛そうだって!? お前に、わたしの気持ちの何がわかるんだ!」
あいつはサンディを怖がらせた。
自分や彼女の気持ちを決めつけ、ごっこ遊びと馬鹿にした。
それを思うと体内で何かが煮えたぎる感覚がする。
この屋敷に来てからこんなに大声を出したのははじめてだった。
こんな気持ちになるのは、はじめてだった。
「わたしはここに居られて、最高に幸せだ! それに、約束したんだ! ずっと一緒にいるって!」
「レイシー……」
「サンディ、こんな奴の言うことを聞かないで。わたし、ここにいられて本当によかったから。サンディも、みんなも、屋敷も大好きだから。もっと自信を持って」
サンディがこちらを見つめている。
その眼には嬉しさだけでなく、安心したような落ち着きも浮かびあがっていた。
「ほう? お前は自分の親に会いたいとは思わねえのか? お腹を痛めて生んでくれたお袋にはよお?」
「そんなこと、知らない! だけどサンディをいじめるのは許さない!」
「親不孝な奴だ。お前はもういい。さぁてお嬢様、前回の逆襲といくかぁ!」
レイシーの介入こそあったものの、舌戦で優位に立ったと確信していた兄貴は調子に乗っていた。
短剣を抜くと、巨体に似合わぬ素早さでこちらへ距離を詰めてくる。
「……レイシー、ありがとう。もう大丈夫ですわ。あなたは、わたくしが守る」
サンディの震えは止まっていた。
「くたばれ!」
兄貴が短剣を突き出す。
しかしサンディはそれよりも早く、彼に向かって手のひらをかざしていた。
「受けなさい、わたくしの魔法!」
バチバチという音とともに、細い電気の槍が召喚される。
槍はまっすぐ正確に兄貴の胴体に命中した。
「ぐわああああああああ!!! しびれるぅ……!」
大男は短剣を落として痙攣し、どっと地面に倒れた。
「安心なさい、加減はしましたわ。さあて、どうしてくれましょうか」
早速ですが水曜日投稿が厳しくなってきました……
土曜日更新は必ずするつもりですので、今後もよろしくお願いします。