はじめての戦い Ⅰ
「ふう、積み込みの後に戦いは結構疲れますわね。動きやすい服装だったのが幸いですけど」
屋敷の中に戻ったサンディは、盗賊を迎え撃つ準備をしていた。
彼女は引っ張り出してきた古箪笥を押したり椅子や机で防壁を作ったりと忙しく働いている。
レイシーは、その横でただ震えることしかできなかった。
他の人間に敵意を向けられるのは初めての体験だった。
敵意を持った男たちが何人も攻めてくる。
それを自覚するだけで胃袋がじわりとするような、嫌な感覚がする。
前に襲ってきたモンスターとは違い、今回は言葉の通じる相手だ。
なのに、どうして彼らは襲いかかってくるのだろう?
その時、自分に影が落ちかかってきた。
上を見ると太い柱のように巨大な男が目をぎょろりと見開き、こちらを見下ろしていた。
彼がのっぽという、その大きさに恥じない名前を持っていることをレイシーは知らない。
「あぁ……」
「チビ発見っと。ちょうどいい、先に潰してやる」
大男はいとも簡単に椅子の防壁を乗り越えてしまう。
のっぽに睨まれてしまったレイシーは腰が抜け、立てなくなった。
「や、やめて……」
「やめねえよ!」
にゅう、と大きな腕が伸び、胸ぐらを掴もうとする。
「ひぃっ……!」
捕まったら痛めつけられてしまうのだろう。レイシーは目をつぶった。
「ぎゃああああああああああ!!!いてえええええええええ!!!」
予想していた痛みの代わりに、男の悲鳴が耳をつんざく。
目を開けてみると腕を押さえて転がりまわるのっぽと、刺繍用の針を持ったサンディがいた。
「大丈夫ですの?」
「う、うん。ありがとう。針で助けてくれたんだね」
サンディに支えられ、なんとかレイシーは立ち上がる。
「レイシー、大丈夫。怖がらなくてもいいのですわ。わたくしがついています。何があってもあなたは守り抜いてみせますわ。家族ですもの」
彼女は言い放ち、手を差し伸べてきた。
震える自分の手を力強く、勇気づけるように握りしめてくれた。
それに助けられ、なんとかレイシーは立ち上がる。
「こんな状況ですけど、楽しみましょう! やつは怒ってわたくしを狙うはずですわ。あの箪笥を使って!」
サンディはすぐそばにある、先ほど押してきた古箪笥を指さした。
衣装用だったらしいその箪笥は大きく、のっぽの身長をも超えていた。
「クソガキがああああああ!」
のっぽはサンディに拳を振り上げ、向かってきた。
「今ですわ!」
「う、うん!」
恐る恐る、古箪笥を押した。
箪笥は重たかったが少し力を入れると、立てつけが悪い扉のように倒れていく。
サンディを狙っていたのっぽは自分の上に落ちてくる長い影に気付けなかった。
「ひぎゃあああああああ!!!!!」
のっぽよりもさらに大きな箪笥はどしんと倒れ、彼の巨体をあっさり呑みこんだ。
下敷きになり腕をわずかにはみ出させた彼はぴくりとも動かない。
押し潰された衝撃もあり、どうやら意識を失ってしまったようだった。
「やりましたわね!」
「やったあ!」
サンディと一緒に恐怖を乗り越えた。
晴れ晴れとした達成感とともに、レイシーはサンディとハイタッチした。
「さあ、この調子でいきますわよ。二階で音がしましたわ。窓からも来てるみたいですわね」
「行こう!」
「ええ。あと、これを持っておいて。襲われそうになったら、投げてくださいな。顔を狙うと目くらましできますわよ」
「ありがとう」
どこから拾ってきたのか、サンディは小石を何個かこちらに渡してくれた。
どんな奴が来ても、二人なら勝てる。レイシーは彼女と共に階段を上った。
「会いたかったよサンディ。愛しのマイハ二―」
「えっ」
二階では、窓から中性的な容姿の男が顔を出していた。
彼は屋敷の外壁の足場に立っているらしく、上半身だけが窓から屋敷内に入ってきている。
「サンディ、この人も知り合いなの……?」
「ええ。ダガーさん、でしたっけ?」
サンディが名前を口にした瞬間、ダガーは歓喜の声をあげた。
「僕のことを覚えていてくれたのか! ああ、やっぱり僕たちは結ばれる運命なんだね!」
「……なにこの人」
芝居がかった台詞にきざったらしく髪をかき上げる仕草。
にやりと笑う口元からは白い歯がのぞいた。
レイシーは得体の知れない痛々しさをこの男から感じた。
「相変わらずですわね。こっちの気持ちも考えず、言いたいことだけ押し付けて。お話というのは自分ではなく、相手にするものですわよ?」
「何を言おうとも、運命には逆らえないんだよ。君は僕と結ばれるんだ。さぁ、おいで。とっておきの贈り物をしよう」
「……まったくもう……」
ダガーはサンディを溺愛しているらしいが、彼女はそれを嫌がっている。
その様子を見ていると段々いらいらしてきた。
サンディを困らせるだけではなく、彼女を独り占めしようなど許してはならない。
「考えてごらんよ、これだけたくさんの人たちが生きる世界で僕たちはこれだけ顔を突き合わせているんだよ。それはね、奇跡。運命さ。気まぐれな神様がくれた恩ちょ痛い!」
言いながら自分に酔っていたダガーに、レイシーは石を投げつけた。
「ちょっと痛い! ストップ! ストップ! せめて最後まで言わせて!」
「サンディはわたさない!」
レイシーは少し攻撃的になっていた。
やっていられない。
とにかく耳障りで目障りなこの男をさっさと黙らせたかった。
「レイシー、もっとやって!」
「うん!」
次々に石を投げていく。
「いてて、なにきみ意外と力強いね!? 痛いいだいだ、やめなよぐばぁっ」
最後の一撃が眉間に当たり、ダガーの体勢が崩れる。
「うわあああああああああ」
彼はそのままバランスを崩し、窓からまっさかさまに落ちて行った。
「まいったか!」
「セリフが一々長いですわよ!そんなんだから振られますの!」