盗賊団がやってきた Ⅱ
会話の折にふと、レイシーは荷車に目を留めた。
「これ、なあに? くるま?」
「荷車と言って、車輪のついた台に物を乗せて運ぶ道具ですわ。とっても重いから、馬という動物を借りてきて牽かせますの」
「うま……どんなのだろう。見てみたいなあ」
「近いうちに連れてきますわよ。それとね、積んでいるのはわたくし達が市場で売る物ですわ。これを引き換えにしてお金を手に入れますのよ」
「いっぱいある……この前見た刺繍もあるね。うー、やっぱりきれい。売るのは勿体無いなあ」
今まで自分たちが掃除していた地下倉庫にはにはこれだけの荷物が住人となっていたらしい。
レイシーがそこにやってきたのはすでに運び出された後だったため、何もない部屋だな、としか思っていなかった。
「生活の為ですもの、仕方がありませんわ。それじゃあ着替えてらっしゃい。今日はお疲れ様、ですわ」
「はーい」
レイシーが屋敷の中に戻ろうとした、その時だった。
「やいやいやあい!」
「な、なに!?」
突然森を震わせるような図太い大声が響く。
びくっ、とレイシーは心臓が飛び上がるほど驚いた。
一方で隣のサンディと爺やはうんざりしたようなため息をついている。
「……また来ましたわね」
「モンスターのせいでここしばらく森はハンターのたまり場になっていましたし、場所を追われていたのでしょうな」
「で、ここに来たと。まったく、もう森はほぼ安全なのだから大人しく戻ればいいのに…」
何やら訳知り顔で二人は話しているが、さっぱり状況がつかめない。
「どういうこと?」
「あの人たち、以前ここに来たことがありますのよ。そのたびに追い返しましたけど」
「サンディ、知り合いなの?」
「ええ。知り合いと言っては知り合いなのですけれど……」
「あまり知り合いたくはない連中ですな。奴らは盗賊です」
「盗賊というのは、無理やりお金を奪い取る人たちのことですのよ」
「あれ、お金って仕事とか商売で稼ぐものじゃないの?」
「お金を奪い取るのはよくないことですのよ。誰かを傷つけて、何かを奪い取る…これは罰せられるべきことですの」
そのうち森のざわめきはこちらまで近づいてきた。
やがて、枝木をぼきぼきと折りながら、森の中から小屋が姿を現した。
小屋は茶色い毛の、細長い動物によって牽かれているようだ。
「レイシー。あれが馬ですわ」
「あれが馬? 大きくて、背中がすらっとしてて、きれいだね」
「とっても力強い生き物で、上に乗ったり重いものを運んだりしてもらえますのよ」
「なにをブツクサ言ってやがる! せっかく来てやった俺たちに反応せんかぁ!」
再び図太い声が響きわたる。
小屋の中から6人の男たちが次々に現れた。
大きい者もいれば小さい者もいるその男たちの中でも、一際大柄な眼帯の男がこの声の主のようだ。
「今日こそはお前たちを震え上がらせてやる。さぁ、大人しく金目のものを出せ!」
自分より大きな男たちが、明らかな敵意をこちらに向ける。
人相の悪い彼らに睨まれると背筋がぞくっとした。
冷や汗を流すレイシーは助けを求めるようにサンディにしがみついた。
「あの人たち、怖いよ……サンディ、お金あげちゃうの?」
「あげるわけないですわ。大丈夫、怖がらないでくださいな。あなたは、わたくしが守りますから」
「……ほんとうに、大丈夫?」
「ええ。あなたはわたくしの家族ですもの」
「……無理は、しないでね。わたし、サンディが傷つくのも嫌だからね」
その時、オルガが屋敷の中から出てきた。
彼女はこの大声を聞きつけて加勢に来たようだ。
「やれやれ、彼らが団体さんでお出ましですか……お嬢様。今日はいかがいたします?」
「決まっていますわ。一つ、お仕置きしてやりましょう!」
サンディは悪戯っぽく笑った。
その物怖じしない様子は今のレイシーにとって、この上なく頼もしかった。
「オルガは爺やと一緒に荷車を守ってくださる? 奴ら、これが喉から手が出るほど欲しいはずですわ」
「承知しました」
「お任せあれ、ですぞ」
「わたくしはレイシーと一緒に屋敷の中で、爺やとオルガの取りこぼしを迎え撃ちますわ。レイシー、ついてきて」
「わ、わかった」
自分が何をすればいいかはまだよくわからないが、言うとおりにするしかないだろう。サンディとともにレイシーは屋敷の入口へ向かった。
「俺達もばらけるぞ! ちびすけとこわっぱは荷車を狙え! ダガーとのっぽは屋敷を荒らしまくってやれ! ひげは屋敷の外で待機、怪我した兄弟を運んでやれ!」
「あいよ、兄貴!」
「いくぞぉおお!」
後ろからは盗賊たちの雄たけびが聞こえてきた。爺やとオルガに襲いかかってきたのだろう。
「サンディ、みんな大丈夫なの……?」
「大丈夫大丈夫。わたくしの身内はやわじゃありませんわ」
「オルガさぁん! おでとケッコンしてくれぇ!」
「お断りします」
オルガは素早い蹴りを放つ。
走ってきたこわっぱはオルガの鋭い一撃を見事に受けてしまった。
「ぐばぉえ!」
彼の小さな体が地面を転がっていった。
しかしその攻撃の際にできた隙を見逃さない者がいた。
「ただの盗賊と侮ったな」
小さな体格を活かして死角に回り込んでいたちびすけは、オルガの横腹に短剣を突き立てようとする。
「俺達だって学んでるんだ、やるからには本気でやらなきゃあな!」
「うっ、しまっ…」
避けきれず、彼女は防御の体勢を取った。
「食らいな!」
「脇が甘いですな」
「なっ!?」
短剣がオルガに当たることはなかった。
爺やがちびすけの頭に棒きれを振り下ろしたのだ。
的確な攻撃が脳天を直撃し、彼は倒れる。
「油断しました。ありがとうございます」
「そりゃどうも。奴ら、頑丈さだけは凄まじいですからな、気を抜かずに行きますぞ」
打ち倒された盗賊たちは早くも立ち上がり、怯まずに突撃してきた。
「こちらも、少し本気を出しますかな!」
爺やが手をかざすと、その手に持つ棒きれに炎が灯された。
炎は小さくも、ごうごうと燃えている。
叩かれれば火傷は免れないと盗賊たちは悟った。
「やべぇっ、火の魔法だぁ!」
「それでは、行きますぞ!」
「私も行きます!」
彼の魔法による熱風を感じ、盗賊たちは慌てて踵を返し離れようとする。
その後を二人は追撃していった。