マリーの埋葬 Ⅲ
今回は試験的に週二更新です。
自分のスケジュール等都合が合い、いけそうならば週二更新に切り替えようと思います。
夕食が終わった後、レイシーはオルガと厨房で皿洗いをした。
ここでオルガに考えを話してみることにした。
「オルガ」
「レイシーお嬢様。いかがいたしました?」
「わたし、ししゅう、したい。かきたい」
オルガはそれだけですべてを察してくれたらしく、頷きを返してくれた。
「わかりました、お手伝いしましょう。この作業が終わった後にあの部屋に来てくださいますか?」
針に糸を結び付け、布を突き通して線を描く。刺繍はそういうものだった。
教えられながら自分で描いた図案に添ってちくちくと針を進めていく。
「あいたっ」
針で指先を刺してしまった。
ひりひりした感覚と共に、刺した部分から血が玉のように浮かび上がってきた。
「大丈夫ですか?」
「うう……むずかしい」
「清潔な布がございますので、すぐに止血をしましょう……おや、もう止まっていますね。念のため、診せてください」
オルガは傷を診て、これ以上の出血がないか確認してくれた。
赤い血で刺繍を汚してしまわないかひやっとしたが、彼女の迅速な対応で落ち着くことが出来た。
「針の先に気を付けて、なるべく先端の進む方向に指を置かないようにしてください」
「わかった」
たどたどしい手つきで針を進めるレイシーをオルガは助言を挟みながら見守ってくれた。
彼女は相変わらず真顔だったがその細やかな気遣いからは、自分への思いやりが感じられた。
寝間着に着替えたサンディは一人で寝室にやってきて、眠る支度をしていた。
「はぁ……」
溜めこんだ気持ちがため息となって吐き出される。
柔らかいマリーを抱いて小さな命を感じるのは好きだった。ふわふわの毛並みにブラッシングするのはサンディのお気に入りの時間でもあった。
しかしそれらはもう、失われた。
「……ダメダメ。わたくしはこの屋敷の主。しっかりしないといけないのに……」
サンディはぺちぺちと自らの頬を叩いてみたが、心の靄までは晴れなかった。
「……もう寝よう」
レイシーの姿は夕食後から見えないが、今のサンディにそれを気にするだけの心の余裕はなかった。
サンディはとにかく眠ろうと、ベッドに身体を投げ出した。
「サンディ」
不意に名前を呼ばれ、微睡んでいた彼女は飛び起きた。
寝室にはいつの間にか帰ってきたレイシーがおり、サンディを見下ろしていた。
サンディと同じ寝間着に身を包んだレイシーは手を後ろに回して立っている。
「あらレイシー。何ですの?」
「これ、あげる」
レイシーは小さな刺繍布を差し出した。
そこには手のひらサイズの布に歪ながらもそれらしく描かれた、小さなうさぎの顔があった。
少し曲がった輪郭の白い顔。ぎざついてはいるが桃色も使った長い耳。目は糸による曲線で描かれており、どこか笑っているようにも見える。
「レイシー、これは……」
「わたし、つくった。オルガ、おしえてくれた」
サンディは震える手でそれを受け取ると、まじまじとうさぎを見つめた。
「わたし、マリーに嫌いって、されてた。けれど、きっと、マリーはサンディ、すきだよ」
「どうして?」
「だってサンディ、だいじ、育ててあげてた。わたし、いっしょ、だいじに、育ててもらえて、いろんなこと、おしえてもらえて、うれしい。サンディ、すき。だからマリーも、サンディ、すきだよ。きっと。ぜったい」
少しでも彼女の悲しみを慰められるように、レイシーはたどたどしくも語りかけるように話した。
「レイシー……!」
突然サンディは、その目から涙を流し始めた。
「あ、あれ!? サンディ、ないてる! かなしい!? なんで!?」
「違いますわレイシー……これは、嬉しいのですわ。あなたがわたくしのためにそこまでしてくれたことが嬉しくて……嬉しくても、泣くときがありますのよ」
彼女はぽろぽろ涙をこぼしながらも、刺繍のうさぎを愛おしそうに撫でる。
「ありがとう……あなたが優しい子で、よかった……」
そんなサンディの涙声を聞くと胸の奥がじぃんとして、こちらまで涙があふれてきた。
しかしそれは悲しみのような、胸を刺す痛みとは違った。
陽だまりのように温かい、優しい気持ちがそのまま涙になってこぼれているかのようだった。
「レイシー、あなたもらい泣きしてますわよ……」
「……ほんとだ。モライナキ、もらった」
嬉しいと泣く、というのはこういう感覚のようだ。
自らの頬を伝う涙を感じながら、レイシーは笑う。サンディもまた、泣きながら笑った。
「サンディ、生きもの、いつか死ぬ、言った。だけどわたし、死ぬまで、ううん、死んじゃっても、サンディといっしょにいる。生まれ変わっても、星になっても、ずっといっしょ」
「わたくしもですわ……いっしょですわ……ずっと……」
部屋の明かりを消す前だったが、レイシーは既に眠っている。
刺繍をした疲れと泣き疲れで夢へと誘い込まれたのだった。
枕元の壁に飾られた小さなうさぎの刺繍は、まるで眠るレイシーを見守っているようにも見えた。
サンディも笑ううさぎに軽い口づけをしてから、レイシーの隣に入った。
「おやすみなさい、マリー。いい夢を見てね」
生き物は、いつか死ぬ。
隣ではレイシーがすやすやと愛らしい寝息を立てている。
いつかはこの息も止まってしまう時が来るのだろう。
「……それでも。あなたと出会えて、よかった。わたくしは、そう言いたいですわ」
サンディは呟くと、ランプの灯を消した。