マリーの埋葬 Ⅱ
レイシーはサンディと爺やを捜し屋敷中を歩き回ったが、彼女たちは見つからなかった。
「爺や、サンディ、どこ……?」
戻ってきていないかという淡い期待と共に同じ部屋を何度も歩き回る。
もう何度目かの居間に差し掛かった時、ようやく外から帰って来たらしい爺やを見つけた。
「爺や!」
「お嬢様は屋敷の裏庭におられますよ。屋敷を出て、裏に回ればそこにおられるはずです」
爺やは答えたがその顔は笑っておらず、暗かった。
自分と話すときはいつもにやにやした笑みを絶やしていなかったはずだ。
「わかった。ありがとう」
レイシーは少し違和感を覚えたが、気には留めずサンディのもとへと向かった。
外は日が落ちかけ、徐々に闇が森に降りはじめていた。
その中に繰り出したレイシーは屋敷の裏で、薄明の中に跪くサンディを見つけた。
彼女はこちらに気付いていない様子で黙々とスコップを動かしている。その傍らにはまだ新しい、小さな木の棺があった。
「マリー……」
すすり泣く声に混ざって彼女の呟きが聞こえた。
強い悲しみは涙を流させる、とサンディは話してくれたことがある。
だとすると彼女は今、悲しんでいるのだろうか。
「サンディ、かなしい……? なみだ、でてる?」
「レイシー……」
レイシーは体勢を低くし、サンディの顔を覗き込んだ。
ようやく彼女はこちらの存在に気付いたが泣き顔を見せまいと顔をそむけた。
「マリーが死んでしまったの。動きが鈍くなってきていて、そろそろだと思っていたのですわ」
マリーとはこの屋敷で飼っていたうさぎの名前であったことをレイシーは思い出した。
あのうさぎは何故かレイシーを避けるので一緒に散歩に行ったきりほとんど会わなかったが、今ここにいるきっかけを作ったのはマリーだ。
マリーを追いかけた先でサンディと出会った事は今でも覚えている。
何よりもサンディはこんなにも悲しみの涙を流しているのだ。大切な友だちだったに違いない。
「死んじゃった? どうして?」
「生き物にはね、寿命がありますの。命があるものはいつかみんな、死んでしまいますのよ。……わたくしも、いつか」
「……いつか、みんな?」
彼女は涙声で必死に説明してくれた。
サンディも、自分も、生き物はやがて死ぬ。それを知ったレイシーは悲しく感じたが、目の前のサンディの悲痛な姿の方がより胸に痛みを与えた。
その弱った姿には、屋敷の主の面影はない。
いつもレイシーを導いてくれたリーダーの面影はない。
そこにいるのは一人の、悲嘆にくれる子どもだった。
「……心配をかけてごめんなさい。こんな姿、見られたくはなかったのですけど……」
彼女は涙を拭うと、小さな棺を穴に収めて土をかけた。
木の棒を墓標として立てると、彼女はようやく立ち上がる。
「もう大丈夫ですわ。わたくしがいつまでもめそめそしていてはいけませんもの」
「……」
彼女は作り笑いをしていた。震え声を抑え込んでいた。
それを見ていると胸の奥が針で刺したように痛みだし、言葉を詰まらせる。
笑顔でこんな気持ちになったのは初めてだった。
「もう戻りましょう。お風呂に入ったら夕食ですわ。今日のメニューは何かしらね」
「それで、わたくしはその盗賊に言ってやったのですわ。そんなんだから振られますのよって。そもそも屋敷に入ってきたのは向こうですのに、勝手に好意を向けられてはたまったものではないですわ」
「お嬢様は立派なレディですから、惚れられるのも無理はないかと」
「あらオルガ、ありがとう。爺やもそう思いますの?」
「……ええ、サンディお嬢様はとても素敵な方だと思いますぞ」
夕食の間もサンディは快活に話をしていた。
しかしレイシーには虚勢を張っていたのがよくわかる。彼女は屋敷の主である以上、弱った姿をこれ以上見せられないのだろう。
従者たちもそれを察しており、悲しみを紛らわせてやれるよう前向きに話に付き合っていた。
レイシーはまだまだうまくしゃべれない。
自分も、何かをしたい。
彼女たちの会話を横目に、夕食の間はずっと頭を回転させ続けていた。
元気づけてあげるには何がいいだろう?
いっしょに水浴び?いや、もう日は落ちている。
ダンス?いや、また気分が悪くなるかもしれない。
色々なものが頭の中に回っては消えていく。
「むぅー……」
「レイシー様……? 今日の爺やの料理はそんなに口に合わなかった……? それともこのアボカドが嫌いなのかしら?」
思考の渦巻く脳内の世界から一気に現実に引き戻される。
気難しい顔をしてしまっていたのだろう、サンディが突然話しかけてきた。
「……あっ!? ちがうよ、おいしい!」
アボカドという普段出ない食材を使ったグラタンが今日のメニューだった。
珍しく、口どけのいいアボカドが美味であることは間違いなかった。
しかし考え事に気を取られ、味わうことを忘れていたのもまた事実だ。
「それはよかったですぞ。レイシー様に振られたとあっては、この世の終わりの大ショックですから」
「もう、爺やったら大げさですわ!」
サンディは笑っている。
悩めるレイシーにそれに応える笑顔はない。
どうすればよいかわからず、ただぼんやりと食べかけのグラタンを見つめていた。
白いソースに、緑のアボカド。
なんとなくマリーと草むらのようだな、と思った。
その時、電光にも似た閃きが身体の中を迸った。
「……あ!」
「どうしましたの!?まさか、具合でも悪いの……!?」
「ち、ちがう。それは、だいじょうぶ」
ようやく答えを見つけられた気がした。
この計画でサンディを心から笑顔にしてあげよう。
決意するように机の下で、拳を握りしめた。
修正のお知らせですが過去話の三点リーダの修正と地の分の一字下げ、読みやすくするための改行を行いました。
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