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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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決着と報酬 Ⅱ


「まったく、信頼はしてますけど……気を付けるのですわよ?」


「申し訳ありませんでした。せっかくお嬢様までおやつを作ってくださったのに、こんなことを……」


「あら、わたくしも作りましたわよ。どうしてわかりましたの?」


「なんとなく、そんな気がしましたので」


「そうですわ。時間がかかったのはわたくしのせい。待たせて悪かったですわ」


「いえいえ。許しを請うべきはこちらの方です。さあレイシー様、おやつが来ましたぞ」


「おやつ!?」


 その一言で意識がはっきりする。

 直前まで目を回していたとは思えないほど、レイシーは元気よく飛び起きた。


「おやつ、欲しい!」


 トレイの上に乗せられた皿にはできたてのクッキーが山積みになっていた。

 甘い香りを放つきつね色の円形の生地の中には、茶色い木の実の欠片が混ぜ込まれている。


「紅茶に合うナッツのクッキーです。私が半分、お嬢様が半分を手がけました」


 席に着いたレイシーの前にオルガが淹れてくれた紅茶と砂糖、クッキーの束が置かれた。


「どうぞ、いただいてください」


「うん、ありがとう!」


 早速クッキーを一口かじる。


「お味はいかがです?」


「んん……とってもおいしい!」


 さっくりと口当たりが軽い、バニラの香るクッキーだった。ちりばめられたナッツの渋さが混ざった味がよいアクセントになっている。

 シンプルな味付けゆえに次を取る手が止まらなかった。

 もしかするとオルガは料理よりもお菓子作りの方に適性があるのかもしれない。


「サンディのクッキー、どれ?」


 同じ材料を使っているという事もあり、色と形はほとんど同じでレイシーには見分けがつかない。


「うーん……こうして混ぜられるとわたくしもわからないですわ。爺やはわかりますの?」


「私にはわかりますぞ。オルガのクッキーは形が完璧な円形かつ少し甘みが控えめ。味に遠慮をしているのですかな?」


「形には十分気を遣いました。遠慮と言うほどではありませんが、濃くなり過ぎないように気を付けてはいます」


「なるほど、しかしこれはこれで悪くない。オルガも腕を上げましたな」


「爺やにそう言っていただけるなら光栄ですね。引き続き精進してまいります」


 会釈するオルガに向かって爺やは満足そうに頷いた。


「そして、これがお嬢様のもの。少しだけ歪で甘め、ナッツの砕き方もオルガより大きい。私は、この味も好きですぞ」


「へぇ~」


 言われてから並べてみると、確かに微妙な形の違いがある。味も甘みが強いものと弱いものがあり、最初に食べたのは後者であることが分かった。

 料理上手は細かい味の違いも判るのだな、と思う。

 そんな爺やの方を見てみると、これまで見たことがないほど嬉しそうな顔でサンディのクッキーを味わっていた。


「甘くて温かい、手づくりらしい味ですな。ありがとうございます、お嬢様」


「こちらこそ。いつもありがとうね」


「面と向かって言われると照れますな」


 次は紅茶を味わうことにした。

 依然として湯気を立て続ける紅茶にレイシーは砂糖を入れ、スプーンでよくかき混ぜる。

 その後、息で少し冷ましてから一口飲んだ。香りもよく、香ばしい味だ。


「レイシーお嬢様、熱くはありませんか?」


「だいじょうぶ」


 オルガはこちらを気にかけてくれた。

 そういえば最初に飲んだ紅茶は彼女が持ってきたものだったな、とレイシーは思う。

 その時は紅茶の熱さにやられ、しばらくの間はそれを持ってきた彼女を怖がっていた。

 今も彼女の真顔は変わらないが、態度は柔らかくなっているように感じる。今までは事務的に世話をしてくれるだけだったが積極的に話もしてくれるようになった。


「私の分も少し分けて差し上げましょう」


「ほんとう!?」


「はい。意地悪と言われたままでは遺憾でございますので。生産者直々にお渡しするクッキー、どうぞお召し上がりください」


「オルガ、ありがとう!」




 おやつの後、夕食も終えたレイシーとサンディは寝る支度を整え、寝室にやって来た。

 今日はすごろくでどっと疲れた。ただサイコロを振っていただけなのに、まるで運動した後のような疲労だ。

いつもどおり二人は同じベッドに入る。


「それじゃ、おやすみなさい。レイシー」


「おやすみなさい、サンディ」


 ランプの明かりを吹き消そうとしたサンディは、突然思いとどまった。


「あれ、どうしたの?」


「……わたくしのつけたお名前は、気に入ってもらえたかしら?」


「うん。すき」


 名前をもらえたことはまるでたからものができたような感覚で、とても嬉しい事だった。

 また、今日は何度も名前を読んでもらえた。

 新しい名前は慣れないが、レイシーと呼ばれるたびに胸が温かいもので満たされるような気がする。

 まるで「自分はちゃんとここにいる」とみんなが認めてくれるような、地に足の着いたような感覚だった。


「それはよかったですわ。名前は大切なものですから、少しだけ心配でしたの。

それじゃ、今度こそおやすみなさい」


ランプが消え、部屋は暗闇に包まれる。

ふと思うところがあり、毛布の中でレイシーはサンディの身体を探した。


「あらレイシー、どうしたの?」


「すてきななまえ、ありがとう」


 せめてものお礼のつもりで彼女を抱きしめた。

 サンディの自分より大きくも丸っこい身体の輪郭が、ゆったりした寝間着を通して伝わってくる。


「あらあら、嬉しいですわ。こちらこそありがとう。あなたが来てから、毎日が楽しいことでいっぱいですわ」


 サンディもまた、こちらの背に手を回してきた。

 お互いの存在を感じるように。眠ってしまうまで、二人はずっとお互いを抱きしめていた。

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