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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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あなたは、レイシー Ⅰ

 暑い時期の屋敷はとにかく熱がこもる。しかしその日は珍しく、昼間だというのに涼しい日だった。


「……スゴロク?」


 聞きなれない物の名前を聞かされた少女はきょとんとした。


「そう、すごろく。ゴールを目指して競争する卓上遊びのひとつなのですわ。外にはまだ出られませんもの」


 モンスターの目撃がサンディによって王都に報告されてから、この森には派遣されたハンターたちが集まってきていた。

 ハンターというのは危険な動物やモンスターを相手取る専門技術を持った人々だ。

 ギルドという組合を通じて各地へと送られ討伐や調査といった依頼をこなしていく、言わば民を守る戦士だった。

 少女もこの森に集まった大きな剣や槍を携える屈強な男たちを目にしている。

 そんな慌ただしくなった森に素人が入る余裕は無かった。騒ぎが収まるまで待機するのが当面の仕事だ。


「だから、屋敷の中で旅をしようと思いましたのよ」




 机を挟んで向かい合う二つの居間のソファには、4人の人物が座っていた。

 一方にはサンディと少女、もう一方にはオルガと爺やがそれぞれ腰かけている。


「貴重な時間を割いてくれてありがとう。あなたたちの家事と仕事は後でわたくしも手伝いますわ」


「いえいえお嬢様、お気遣いなさらず。私達で何とかできますゆえ」


「それに、この爺やとしても可愛らしい少女と遊べるのは幸福なことで……」


「爺や! ……とにかく、これからすごろくを始めますわ」

 

机の上に大きなボードが広げられた。

 そのボードには四角い枠で区切られた村や海、森と言った絵がたくさん描かれている。まるで国一つを板に閉じ込めたようだった。


「これはこのアイルーン王国の地図にもなっていますわ。今回はここの市場からスタートして大陸を横断し、一番先に王都についた人が勝者とします」


「ショウシャ?」


「試合や勝負に勝った人の事ですわ。そして勝った人には、今日のおやつを少し多めにしましょうか!」


「ほんと!? ショウシャ、なりたい!」


「おやつを作るのはたぶん私なのでしょうが……勝負はきちんとやらなければなりませんな」


「あら爺や、たまにはわたくしが作ってあげてもよろしくてよ?」


「それはいい。ますますやる気が出てきましたな!」


「なるほど、爺やも本気ですか。同じ従者として負けられませんね」


 意気込む参加者たちにサンディは三角錐の上に丸を乗せたような、木製の駒を全員に配り始める。

 少女もそれを受け取った。灰色に塗られた、小さな駒だった。


「これはあなたですわ。あなたは今からこの駒として、このボードを進んでもらいますわよ。移動はこのサイコロで行いますの。出た目の数だけ、駒を進ませますのよ」


 サンディの手にはそれぞれの面に違う数の点がついた立方体が握られていた。これがサイコロというものらしい。


「出目は1から6までありますの。数字はわかりますわね? この目の数だけマス…枠の中を進むことが出来ますの。大きければ大きいほど遠くまで進めますのよ。説明は以上ですわ」




「それでは、はじめましょう。全員、ここに駒を置いてくださいな。ここは屋敷の近くの市場ですのよ」


 たくさんの小さな建物や露店を描いたスタート位置に全員の駒が置かれた。

 サンディの駒は彼女の金髪のような黄色。オルガの駒は草木を思わせる緑色。爺やはトマトのような赤色の駒だ。


「さぁ、見ててくださいな。まずはわたくしから行きますわよ!」


サンディが振ったサイコロはコロコロと音を立てて転がり、1の面を出した。


「……あら」


 彼女は無言のまま黄色の駒を1マス進める。市場をわずかに出たのみだった。


「まったく、先が想いやられますわ。さあ、次はあなたの……」


 少女にサイコロを渡そうとしたサンディは何かに気付いたように口を閉じる。


「そういえば、あなたには名前はありませんの?」


「なまえ?」


「そうですわ。わたくしが『サンディ』と呼ばれているように、あなたにも名前はあったのかなと思いましたの」


 少女にはサンディと出会う以前の記憶はまったくない。

 まして自分が何と呼ばれていたかなど、知るはずもなかった。


「……しらない」


「そうですの…けれど、ずっと『あなた』呼びなのも少し問題ですわ……」


 サンディはそこでぽんと手を叩いた。


「そうだ、わたくしから提案がありますわ。ここであなたのお名前をつけてもよろしいですか?」


「わたしに、なまえ、つける?」


「そうですわ。もっとも、わたくしが勝手にしていい事なのかどうかはわかりませんけど……あなたさえ良ければ、そうしますわ」


「ほしい!」


 少女は迷わず首を縦に振った。

 サンディから名前がもらえるなら、それは素晴らしい贈り物だ。

 

了承の合図を受けたサンディはすぐに難しい表情になった。


「う~、どんな名前がいいのかしら」


 名前は大切な物ゆえ、サンディは長考する。

 すごろくの途中ではあるが爺やは嫌な顔一つせず、オルガは真顔を崩さず待ってくれていた。

 しばらくしてから、結論の出たサンディはようやく口を開いた。


「……レイシー、というのはいかが?」

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