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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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みずあび事件 Ⅲ

 灼熱の日差しを落とし続けていた太陽が傾き、森が徐々に薄暗くなってくるころ。

 屋敷に到着したサンディは少女の背中を降りるとすぐ、居間のソファに横たわった。

 予定を切り上げた早い到着だったためか、いつも出迎えてくれる従者の姿はない。


「少し、眠らせてくださいな」


「うん」


 疲弊していたサンディはすぐに寝息をたてはじめた。

 おんぶをする前は苦しそうな顔をしていたが、安心して休むことのできる今は安らかな寝顔だ。


「お嬢様、如何なされました!?」


 突然後ろから慌てた声が聞こえた。

 振り向いて見ると、偶然居間を通りかかったオルガがこちらに走ってくるところだった。

 いつもの真顔も、今日は少しばかり焦っている様子に見える。

 サンディを起こさないようにするため、少女は口に手を当てるジェスチャーをした。


「しずかにする。サンディ、つかれる、やすむ」


「……これは失礼いたしました。まさかあなたに窘められる日が来ましょうとは……詳しいお話はお嬢様がお目覚めになってから、食事をしてからにいたしましょう」


 オルガは佇まいを正すと、一礼してその場を去っていった。


 サンディが目覚めたのは夕食時間直前であった。


「う~ん……よく眠れましたわ」


「サンディ、おはよう」


 身体を起こした彼女に、待ってましたとばかりに挨拶をする。


「あら、ずっと待ってて下さったのね。ありがとうね」


「ばんごはん、できる。いく」


 少女はサンディの手を掴み、彼女の上体を起こしてあげた。


「今日の夕食はタコでございます。聞いたところでは、疲労回復に効くとか」


 主人が倒れたのを見たオルガは、彼女を労うため夕暮れの市場まで走った。

 疲れによく効く食材はないかと尋ねて回ったところ、この食材を勧められたのだ。


「たこ?」


「タコは魚と同じ、海の動物ですわ。頭が丸くて、赤くて、足が8本ありますの。柔らかくて美味しいですわよ」


「うみ……」


 海については既にサンディから聞いている。自分たちの立つこの地面が浮かぶ、大きな、塩の味のする水たまりらしい。

 少女は端が見えないくらい大きな水たまりに、ぷかぷかと八本足の球体が浮かんでいるところを想像した。

 そうしていると、厨房からトレイを持った爺やが現れた。


「さぁて、できましたぞ!今日はタコをキノコと共にアヒージョにしてみました」


 香ばしい湯気の立つお皿を持った爺やは、それをテーブルの上に置く。

 食堂に広がっていくその香りに、少女は心当たりがあった。


「にんにく……」


「正解ですぞ!細かいにんにくやスパイスとオリーブ油で具材を煮立てるのがアヒージョなのです。このようににんにくのにおいが強い料理は、今のように洗濯しやすい外行きの服を着ているときなどに出させてもらっていますぞ」


「ドレスににおいが着いたら、落とすのが大変ですのよ。あなたもにんにくの香りのドレスは嫌でしょう?」


「それは、いや」


 にんにくは食べる分には好きだが、香りとしてはどちらかと言うとくさいように思う。


「ささ、熱いうちに食べるのがよいですぞ。今日はひき肉のステーキもご用意させていただきました」


「ステーキ!? すき!」


「やはり少女の喜ぶ顔は、心の栄養になる物ですなあ……今日のステーキは、一味違いますぞ。ご賞味あれ」


 食卓に今日の料理が揃った。

 タコとキノコのアヒージョに長いパン、いつものサラダにひき肉のステーキが並べられている。


「それでは、いただきましょうか」


 サンディは3人の顔を見渡すと、食事の合図をした。


 タコはフォークで突いてみると簡単に突き刺さった。とても柔らかい食材のようだ。

 アヒージョはタコの切り身が黄緑の、細かいにんにく入りオリーブ油の中に漬けられているというような見た目だった。


「ふっ、ふっ」


 湯気をよく吹き飛ばして冷ましてからにんにくを乗せ、油をよく絡ませてタコと共に口に入れる。


「ん、んー……おいしい……」


 にんにくの食欲をそそる香りとオリーブ油のコクがタコの上で絶妙に合わさり、香ばしい大波が口の中に広がる。

 次に少女は共に黄緑色の中に浮いている薄くスライスされたキノコに目を留めた。

 大好物のステーキなどにキノコは添え物として登場したことがある。今回もそうなのだろうか。

考えながらタコと一緒に串刺しにすると、まとめて口に入れてみる。

 すると、どうだろう。


「んんぅ……おいしい……おいしい!」


 噛むたびにキノコのエキスがあふれ出し、濃縮されたうまみが口の中に染みこんでくる。

 まるでにんにくとオリーブ油自体がキノコに含まれているような、そんな味だった。少女は思考を止め、美味の大海に溺れ続けた。

 具材だけでなく、パンも止まらない。油を存分に浸したにんにく味のパンはやみつきになる。


「あの子、これも気に入ってくれましたのね。わざわざタコを買いに行ってくれてありがとう、オルガ」


「お褒めにあずかり光栄です。お嬢様の疲れを何とか癒せないかと思いまして」


「わたくしもとっても気に入りましたわ。とっても美味しいですし、張りつめていた疲れが取れていくような気がしますわ」


 すっかりアヒージョを味わってから少女は爺やの言っていたステーキを探したが、いつも見慣れた肉料理の姿はそこにはなかった。

 代わりに丸っこい、こげ茶色のソースのかかった食べ物がある。


「それがひき肉のステーキですわ。ひき肉というのはね、お肉を細かく、柔らかく加工したものですの。

いつも食べているステーキより、柔らかくて食べやすいですのよ」


「そのままでは大きくて食べにくいでしょう、私が切ってさしあげますぞ」


 爺やが食事を中断して、ナイフを持ってきてくれた。

 彼がナイフをひき肉に入れるとほかほかの湯気とともに、じゅわ、と肉汁があふれ出す。


「すごい……」


 少女はごくり、とつばを飲み込んだ。


「さぁ、ご賞味あれ」


 一口サイズに細かく切り分けられた肉を、少女は口に運ぶ。


「……!!!」


 旨い。ただただ旨い。

 ひき肉の隙間になお残っていた肉汁が、少女の口の中で溢れだす。

 柔らかなくちどけでありながらも火の通った、しっかりしたひき肉にソースの旨みと甘みの共演に味覚が魅了される。


「ほぁ~……」


「本当においしそうに食べますわね」


「そうですな。作った甲斐があるというものです」


「料理に関しては、私も精進しなくてはなりませんね」


 3人に温かく見守られながら、少女は残りのひき肉ステーキも夢中になって平らげた。




 夕食が済むと、後片付けのため爺やは厨房へと戻る。

 少女は食器のトレイを持っっていこうとする爺やに声をかけた。


「まって。おてつだい、する」


「よいですぞ。小さな可愛らしい手が、お皿をきれいに優しくふき取る…ああ、次の料理に使うのが躊躇われます」


「爺や!変なこと教えちゃだめですわよ!」


二人が去り、食堂にはサンディと食卓を拭いていたオルガが残った。


「さて……と。ちょっといいかしら?仕事をしながら聞いてもいいですわよ」


「なんでございましょうか」


 オルガはテーブルを拭く手は休めず、顔だけをサンディの方へ向けた。


「まずは、心配をかけたみたいですわね。ごめんなさい」


「お気になさらず。しかし、一体何があったのです?」


「モンスターが現れましたわ。ショギ型が二体。森の川で遭遇しましたの」


 サンディの報告に、オルガは眉をひそめた。


「ショギ型……私はまだ見たことはありませんが、聞いたことはあります。集団で人を襲いに来るという大きな目のモンスターですね。お怪我は有りませんでしたか?」


「ええ、見ての通りですわ。二匹はわたくしが魔法で退治しましたけど、他にもいるかもしれませんわ」


「戦闘になったのですか!?」


 オルガの声が少し大きくなった。

 サンディは明らかに無傷だったが、疲労困憊した様子を見た事と心配性な性格から、気を遣わずにはいられない様子だった。


「ええ、襲ってきましたから、やむを得ず。ちょっと疲れましたけど、わたくしにもあの子にも怪我はなかったし大丈夫ですわ」


「それはなによりでございます……そういえば、市場で噂話をしているのを聞いたことがございます。なんでも、新種のモンスターがこの辺に出る……とか」


「新種?やつらはショギ型だし、新種ではないはずですわ」


「なんにせよ、警戒した方がよいかもしれません。しばらく森を出歩くのは控えることをおすすめします」


「そうですわね。ショギ型だけならともかく新種もいるかもしれないなら、さすがに危険すぎますわ。調査依頼を市……いや、王都に向けて出しましょう。広く腕利きのハンターを集めて調べた方がいいですわ」


「ご英断でございます。明日の朝にでもそのように、ギルドに掛け合って参ります」

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