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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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みずあび事件 Ⅱ


 「もんすたー!? なに!?」


 「動いちゃだめですわ! 声も出さないで!」


 鬼気迫る表情のサンディが耳元で強く囁いた。

 そっと木の後ろから川の方を見れば、きょろきょろと辺りを見回す大きな影が二つ見えた。

 それは、人の形をした怪物だった。

 大男のようにごつごつした身体の皮膚は、緑色の葉に泥を混ぜたかのような濁った色。

 頭髪は無く、顔があるはずのところにはオレンジ色の大きな目玉がはめ込まれており、周りをギョロギョロと見回している。

  手には何も握られていなかったが、見ただけで鋭さがわかる程のとがった爪が備わっていた。


「あ、~~~~~~っ!」


「我慢して!」


 禍々しい異形の登場に思わず悲鳴を上げかけた少女の口を、羽交い絞めにしたサンディの手が塞いだ。

 我慢を強いられるのは本日二度目だった。

 怪物は二人組で、さっきまで少女とサンディのいた所で何かを探している様子だ。

 大きな目を絶えず動かしてあたりを眺めているうちに一体の怪物が、脱ぎ捨てられた少女の服に目を留める。

 顔の目がくわ、と見開かれた。怪物は鋭い爪で、服を摘まもうと手を伸ばす。


「こちらには気づいていないようですわ。今のうちに逃げますわよ」


「……うん」


 少女は裸のままだったがサンディの様子からして、服などを気にしていられないほど危険な状況であることはわかる。

 彼女に手を引かれ、少女は震える足で歩き出した。

 その時だった。ぱきり、と足下で音がした。落ちている枝を踏みつけてしまったのだ。


「……まずいですわね」


 目だけでなく耳も聡いその怪物は、早くも物音に気付いたようだった。

 振り返って見ると、顔に嵌った大きな目がこちらをじっと見つめていた。

 オレンジ色の大きな目に映されると、背筋がぞっとするような悪寒が走る。少女の背に冷や汗が流れ始めた。

 固まって動けない丸裸の少女に、じりじりと怪物たちは距離を詰めてくる。


「あ、あああ……」


「やるしかないですわ。あなたは下がっていて!」


 サンディが少女の背後から飛び出し、怪物の前に立ちはだかった。


「あなた達の相手は、わたくしですわ!」


 抵抗してくる敵を見つけ、威嚇するように巨大な眼の瞳孔が開く。その刹那、すさまじい勢いで二匹は跳躍した。

 怪物たちは上空から狩りをする気だ。爪が獲物を求めるようにぎらり、と光った。


「サンディ!」


 彼女の柔肌が引き裂かれるところを想像した少女は思わず叫ぶ。

 しかしその直後、少女は信じられない物を目にした。

 サンディは怪物めがけて、手から光を打ち出したのだ。

 衝撃に森がざわめく。耳を貫くような轟音とともに、少女の視界が白く染まった。


「ま、まぶし……」


 何度も瞬きをしてようやく視力が回復したとき、二体の怪物は地面に倒れ伏していた。


「……ふぇ?」


 怪物が倒れているという事は、一応危機は去ったらしい。

 ほっとして、呆けた声が出た。

 それにしても、一瞬の間に、何があったのだろう。


「まったく。手間を取らせるやつらですわ」


「さっきの、なに?」


「あれはモンスター、と呼んでいる奴らの一種ですわ。動物の中でも、特に人間に強い敵意を持っている連中をそう呼んでいますの。それと、見てくださいな」


彼女の指さした方向を見ると、いつの間にか倒れていたはずのモンスターが細かい炭のような塵へと変わっていた。


「殆どの場合は身体も残らないから、研究もできなくて…襲ってくるという特徴以外、モンスターにはよくわからないことが多いですのよ。今日はもう帰りましょう。幸い、服も無事でしたしちゃんと着るのですわよ」


「……わかった」


 水浴びは中断されてしまったが、暑さなどすっかり忘れてしまっていた。

 少女は未だ落ち着かず、そわそわしながら服を身につけ、帽子をかぶり直した。


「急ぎましょ……」


 言い終わらないうちによろり、とサンディはふらつく。


「!?」


「うう……ちょっと、やりすぎましたわ……」


 はぁ、はぁという息遣いが横にいても聞こえるくらいサンディの呼吸は荒い。

 大量の汗も噴出しており、彼女が体力を消耗したことは一目でわかった。


「魔法は疲れるからあまり使いたくはないのですけれど……あなたを守る為なら、仕方ありませんわ」


「まほう?」


「そういう技術があるのですわ。難しいものですし、詳しくは、今度にいたしましょう…」


  実際、サンディには説明をするだけの体力は残っていなかった。

 力を使い切ったように、彼女は近くの木にもたれかかって座り込んだ。


「だいじょうぶ?」


「平気、ですわ。とても疲れてはいますけど……」


 そう言って立ち上がろうとするが、彼女の足取りは覚束ない。立つのがやっと、と言う様子だ。


「ふふふ……ざまあないですわ。こんな事になってしまいましたし、あなたは先にお帰りなさい。心配しなくていいですわ、後から追いつきますから」


「いや。サンディ、だいじょうぶ、ちがう」


 サンディを置いていくことなど、少女にはできなかった。

 自分の身を守るため、彼女は力を振り絞ったのだ。

 ならば、自分も力になりたかった。

 彼女を負ぶおうと、少女はサンディの前で背中を差し出し、しゃがんだ。


「あら、ありがとう。でも、無理はしなくていいのですわよ?」


「サンディ、きて」


「……じゃあ、お言葉に甘えますわ」


  少女にサンディの重さがかかる。

 サンディは自分よりも体格が大きいが、意外に軽かった。


「力持ち、なのですわね。こんなにも小さくて、細いのに……」


「サンディ、ありがとう。わたし、だいじょうぶ、だった」


「こちらこそ、運んでくれてありがとう。わたくし、嬉しいですわ」


 サンディに嬉しいと言ってもらえた。

 こちらまで嬉しくなり、少女は笑みをこぼす。嬉しいという気持ちは、もしかしたら伝わるものなのかもしれない。


「よかった。サンディ、うれしい。だから、わたし、うれしい」


「ところで、帰り道はわかりますの?」


「……しらない」


 歩き出そうとしていた少女は足を止めた。


「……教えて差し上げますわ。わたくしが言うとおりに動いてくださいな」


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