表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
18/176

みずあび事件 Ⅰ

 麦わら帽子が二つ、空に向かってゆれている。


「サンディ」


「あら、なんです?」


「あつい」


「我慢ですわ、我慢。もうすぐ川に着きますから」


 お揃いの帽子に白いワンピース、サンダルを身につけた少女とサンディ。

 二人は森の中、枝葉の作る影の中を歩いていた。

 森の上からは灼熱の太陽が落とす日光が、枝葉を貫くような勢いで二人に降り注いでいる。

 サンディによれば、この世界は定期的に暑くなったり寒くなったりすることがあるらしい。

 幸い気温の変化をもたらす熱波と寒波を予測する技術は有るので、それに合わせて装いを変えるのがこの世界の生活だった。


「きょう、あつい。あつい、きらい。みず、つめたい。みずあび、すき」


「ふふ、今日はたっぷり水浴びさせてあげますわよ」


 多くの言葉を覚えた少女はたどたどしくも、サンディと会話ができるようになっていた。

 最初は脳内の辞書を引いて理解するのが精一杯だったが、この作業は会話を聞き続けているうちに無意識にできるようになった。

 やがて、相手の言葉を受け取って、自分の言葉を返せるようになっていった。辞書の参照と出力の速度が上がったのだ。

 今や単語だけではあるが、スムーズに言葉の出し入れができるようになっている。

 しかし、まだまだ自分の話し方がサンディたちに遠く及んでいないことも少女は理解していた。


「あなたとこうしてお話しできるようになって、わたくし、嬉しいですわ」


「うれしい?」


「そうですわ。嬉しいというのはね、気持ちの一つなのですわ。いい事があった時に感じるもので、歌いたくなるような、飛び跳ねたくなるような。心の奥から湧き上がるいい気持ちですの」


 サンディはふと、思いを馳せるように枝葉の間から空を見上げる。


「そもそもあなたを屋敷へ招いたのは、公用語を教えるためでしたの。そのあなたがこうして成長していることが、本当に嬉しいですの」


「でも、わたし、ことば、かんぺき、ちがう」


「最初から完璧な人なんていませんわ。それに、あなたは大きく進歩してますわよ。こうして、わたくしともお話しできるようになったのですもの」


 確かに、サンディや従者たちと言葉を交わすことも増えた。単語を話すだけでも屋敷の住人はちゃんと少女の意図をくみ取ってくれるため、不便を感じることはほとんどなかった。


「お話をする、というのはとても尊い事なのですわ。言葉で自分を相手に伝えて、相手を自分に伝えてもらう。こうしてお互いを理解することは人間の特権だと思っていますの」


「……うん」


「そして今、あなたはこうしてお話しできる。お互いをわかり合うことができる。そのことをもっと誇っていいのですわよ。よくがんばりましたわね」


「うん! ありがとう!」


 サンディに頭を撫でられ、少女は笑顔を浮かべた。

 そこではっと気づく。今感じているこの、少女に笑顔を浮かべさせたこの気持ちこそが、もしかして。


「これ、うれしい、きもち?」


「きっと、そうですわ。うれしい気持ちは人生を豊かにしますわよ。大切にしなさいな」




 川は森の中を横断するように通っているが、中でも開けた場所が少女のお気に入りの場所だった。

 しゃらしゃらという涼しげな音とともに絶えず流れ続ける透明な水の流れは、いつでもこちらの目と耳を楽しませてくれる。

 身を灼く日光も水面に当たると綺麗な輝きとなっていた。


「さあ、着きましたわよ。存分に楽しんでらっしゃいな」


「わあい!」


 少女は迷わず、身につけているものを全て脱いだ。ワンピースもサンダルも、少女の手の動きに従ってするすると身体から外れた。

 やがて裸身を晒した少女は、澄んだ水の中に自らの身を進めていった。

 足から徐々に、身体を水に浸していく。太もも程までの浅い川であるので、少女は入浴する時のように肩までつかった。


「はあぁ~」


 暑さで火照った身体を、水が心地よく冷やしてくれる。汗も一緒に流れていき、頭がすっきりと冴えわたった。

 そのまま手に水をためて顔を洗った。冷たい水で、目がぱっちり覚めるようだ。


「ひえひえみず……きもちいい~」


「ふふふ、楽しそうですわ。ほんとうに水浴びが好きですのね」


 川のほとりの石に腰かけるサンディはサンダルだけ脱いで、素足を水に浸していた。

 その顔には少女を見守る穏やかな微笑みが浮かんでいる。彼女に見守られていると、胸のあたりがほっと楽になる。


「あなた、少しは肉がついてきたのではなくて?」


 少女の身体を見ながら、サンディが話す。


「にく?」


 少女も己の身体に視線を落とした。

 なるほど、少しは浮き出ていた骨が目立たなくなっているかもしれない。


「ええ。あなた、初めて会った時はほんとうに痩せていましたもの。ですから、たくさん食べて大きくなってもらおうとずっと思っていました。あなたの分だけ、多めに料理があったのですわよ」


「……そう。ありがとう」


「ふふふっ、どういたしまして。わたくしたちはいつもあなたのことを考えていますわ。他にも困ったことがあったら、どんどん教えてくださいな」


「わかった」


「遠慮はいりませんわよ。わたくしたちは、かぞ……」


 その時。少女と話していたサンディの笑顔が、急に固まった。

 彼女は突然川の中に降り立ち、こちらへ走ってきた。


「え……え?」


 困惑する間もない少女はサンディに手を引かれ、川から引きずり出される。

 そのまま近くの木の裏に無理やり連れ込まれた。


「サ、サンディ!?どうしたの?」


「静かに。モンスターが来ましたわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ