とある少女の入学当日 Ⅶ
一糸まとわぬ女性たちの真ん中にいると気づき、彼は顔をかっと赤くした。一方、賑わっていたはずのレイシーの周囲は凍り付いたようにように固まった。
「駄目だよトウタ。女の子が気になる気持ちはわかるけど、お風呂に入りたいならちゃんと男の人の方に行かないと」
「わ、わかってる……だけど、いきなり倉庫の床が崩れて……」
「ほんと?」
天井を見上げてみると、木製の天井に大きな穴が空いていた。
「あー……事故だったんだね。疑っちゃってごめん」
「わ、私も……びっくりしたよー。誰もぶつかってないし、怪我人はいないかな」
「わかってくれたならいいよ。とにかく早くここから出て……」
「いやああああああああ!!!!! のぞきーーーーーーー!!!!!!!」
それまで静かだった後ろから甲高い悲鳴が上がり、レイシーはどきりとした。
「変質者! 変質者よーーー!!!!」
「見て、小さい女の子に手を出そうとしてたのよ!」
「待って、わたしは友達で、これは事故なんだ。天井にも穴が……」
「誰か警備員に知らせて!!!」
「この野郎、死んじまえーーーー!!!!」
レイシーの言葉は周りの爆ぜるような怒号にかき消されてしまった。刹那、たらいや石鹸、椅子などが雨のように降ってきた。
「あわわわわわ、どうしよーっ、どうしよ-」
「危ない! トウタ、わたしに隠れて!」
「駄目だレイシー、女の子を盾になんかしたら、もっと怒られ……あいでっ!?」
「トウタ!」
木製の椅子の一つが彼の頭を直撃した。トウタはすっかり伸びてしまい、気絶した魚のようにぷかぷかと風呂に浮かんでしまった。
「はっ!?」
「あっ、目が覚めたよ!」
「トウタ、大丈夫?」
彼が目を覚ますと、今度は制服をしっかり着込んだレイシーとレトリーが心配そうにこちらを見ていた。
「俺は……あれっ」
トウタは立ち上がろうとしたが、手足が縛られておりそれは叶わない。
「ここは、どこなんだ」
「会長室だよ。あの後大変だったよー……」
「トウタをかついで、怒ってる皆をよけて、とりあえずここに来ようと思ったんだ。入学式の時に、会長がいつでも頼ってって言ってたから」
「会長……ルナ会長のとこまで来たのか!? 絶対覗き魔だと思われた…恥ずかしい…」
トウタ、会長室にて本日二度目の赤面。
会長室は豪奢に装飾された、いかにも偉い人が使っていそうな部屋だった。赤い絨毯の四隅に立つ柱には金の蔦が巻き付き、レイシーの手のひらほどもある宝石や白銀の像が棚に沢山並べられている。
そして、黒塗りのドアの外からは怒号が聞こえてきた。
「あいつが女湯を覗いたんです!」
「わかりました。それは災難でしたね。とにかく、彼の処遇は私に任せてください」
「厳罰!ゲンバツをお願いします!」
ドアが開いてやって来たのはこの部屋の主。ルナ会長だ。
入学式で遠くに見たときも綺麗な人だと思ったが、近くで見ると目が眩んでしまいそうな後光が彼女に差しているように見えるほどで、レイシーすら息を呑まずにはいられなかった。まるで稀代の名画を至近距離から眺めているかのようだ。
そんな存在自体が芸術品のような美少女は、トウタのほうへまっすぐやって来た。
「トウタ・オカヤマ。この件については、たっぷりと話を聞かなくてはなるまいな」
「あ、ルナ会長……違うんです、事故なんです! 俺は……」
「そうだな、まずは……すまなかった!」
「……え?」
「一旦縛ったのも、こうしなくては周りの怒りを収められないと思ったからだ。彼女たちは怖いところがあるからな、こういったときには平気で暴力を振るう」
ルナはすぐにトウタの拘束を解いた。
「あー……確かに色々ぶつけられていたかったですね。でも、なんで会長が俺に謝るんです?」
「今回の件は私の責任だ。調べたところ倉庫の床が不自然に腐食していたのだ。水属性魔法を使ったいたずらだと思われるが、早く気づかなかった私が悪かった。会長として大任を背負っている身だ、この程度のことを見落とすとは……入学早々、世話をかけてしまったな」
「い、いえ……腐食していたところを踏んだ俺も悪いですし……それに、会長とは言えこの広い学校そんなに謝らなくても」
叱られると思ったトウタは拍子抜けしたようだったが、会長のあまりの頭の低さに焦り始めていた。
「しかし、女湯覗きは大罪だ。ましてや若く能力もある生徒達だと気位も高いし、貴族生まれの者は婚約だってしている者もいる。このままでは彼女たちの溜飲が下がらないだろうな」
「はぁ……」
「……ここで提案なのだが、一度私にこてんぱんにやられてくれないか」
「……は?」