とある少女の入学当日 Ⅵ
「そうそう、職員室も見ておかないと。俺たちに授業をしてくれる教師がいつも勤務してくるところだよ」
「いいねー! どんな先生がいるんだろう、仲良くなれるといいな。ここの先生は王国でもトップクラスの魔法使いなんでしょ?」
「先生か。わたし、検査の時にあれこれ言われちゃったし嫌われてないと良いな」
「そうか……そういえばそうだった、ごめん。行っても大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。それにトルーデ先生だったかな。あの人とはちょっと話をしてみたいな」
トルーデがレイシーに与えたインパクトは絶大だった。窮地に陥ったレイシーを救い出してくれた、賢い、というより強い、という印象のある先生。
見た目通りの豪快な性格なのだろうか、それとも意外と繊細だったりするのだろうか。どちらにせよ、感謝を言いたいところだ。
職員室は図書館の延長のようなところだった。壁に備え付けられた本棚にぎっしり敷き詰められた書物は、まるで変わった壁紙だ。
「……ん? おお、トウタ・オカヤマくん!」
「なに!? トウタくんが!?」
「職員室に!?」
机に座っていた何人かの教師が、一斉にこちらに詰めかけてくる。
「検査の時は黙っていたが、素晴らしかったよ! あの場で誘うのはさすがにやめておいたが、もう我慢の限界だ。是非今度、お茶でもどうだい?」
「私ともじっくり今度話をしましょう。君の実力をもっと活かせる活動をご紹介します」
「是非に! 是非に!」
「あ、あー、ありがとうございます……」
「大変そうだね。無属性は気楽でいいなあ」
「そ、そうだね……」
そこでたじろぐトウタを見ている二人にも、誰かが話しかけてくる。
「レイシーさん、レトリーさん。ご入学おめでとうございます……」
「あ、試験官をされていた方ですね。ありがとうございます」
検査の時にレイシーを擁護してくれた一人なので、よく印象に残っていた。今日はほわほわしたいい匂いのするセーターを着ており、長い髪を後頭部で纏めている。検査の時は気にしている余裕はなかったが、今は淑やかで落ち着いた女性、という印象だ。
「ありがとうございます。わ、私も教師だから、皆さんの授業も受け持つと思います。何か困ったら、何でも質問しに来て下さいね」
彼女はどもりながら、囁くような声で話した。
「ご、ごめんなさい、一対一で話すのが苦手で……検査の時はお仕事だからちゃんとしていたんですけど……授業だって……」
「私たち、二人ですよー?」
「あ、そ、そうなんですね、ご、ごめんなさぁい……」
「む、無理して喋らなくて大丈夫ですよ……そうだ、トルーデさんはおられませんか? わたし、話がしたいんです」
「あ、トルーデさんでしたら、いません……あの人、いつもどこかに行っているんです。そのせいで、よく、他の先生も怒っているのを見かけるんです……」
「そうなんですか……わかりました。ありがとうございました。またお邪魔します」
「はぁい……待ってます」
残念だが所在不明なら仕方がない。また今度個人的に会いに来ようと、レイシーは決めた。
夕方になった。
ようやく先生の束縛から逃れたトウタは、今度は倉庫に行きたいらしい。この学校に来たら探してみたい物があったそうだ。また後で合流しようと、レイシーとレトリーの二人は一度彼とは分かれることにしていた。
一方のレイシーとレトリーは湯気の中にいる。服装はタオル一枚だ。
ここは学校の温泉。寮にも風呂はあるが、いかんせん狭い。そんなレイシーにとって校舎内の大浴場は抑えておきたいスポットだった。
「おー…広いお風呂だね。お屋敷みたい」
「すごいなー!私、泳げちゃうよ!」
「他の人もいるからそれはやめよう」
「わかった。一人の時にしよっかな」
大浴場は何人もの人がゆったり入れるほど広かった。
中にはすでに入浴好きの女子生徒達が雑談に興じたり、鼻歌を歌ったりと思い思いにリラックスしている。
お湯に浸かると、快適な温度に整えられているのがよくわかった。今日一日の身体の凝りが解されるような温かさが身体を包み、関節が軽くなっていく。
「ふぅー……落ち着くなあ」
「気持ちいいね、レイシーちゃん。ほら見て、周りも綺麗だよ」
壁には花畑を模した大きなステンドグラスが配置され、夕日を通して湯に色とりどりの光を落としている。
浴槽を満たす湯を供給するのは、瓶を持った女性の像。髪の毛一本一本まで精巧に造られていて、こちらも高級な雰囲気の演出に一役買っていた。
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
「な、なに!?」
「きゃああああああ!」
めりめりと天井が裂け、人影が湯船にざぶんと落ちてきたのはその時だった。
周りから悲鳴が上がる中、レイシーは落ちてきた人影を確認する。制服を着たまま落下し、ずぶ濡れになってしまった来訪者の正体は。
「あれ……トウタ!?」
「レ、レイシー!? ここって……女湯!?」