とある少女の入学当日 Ⅴ
昼を過ぎてからの校内見学に臨むため、昼食を済ませた三人は改めて校舎の入口へとやってきていた。
「たしか、自由に学校の中を見て回ってもいいんだよね。とっても広いから迷子にならないようにしないとね」
「そうだねレイシーちゃん、また手をつないでいこっか。……でも、大丈夫? さっきすごくいっぱい食べてたし、歩けなくなったりしないかな……?」
「レイシーならきっと大丈夫さ。俺も最初は驚いたよ、小さいのにすごく食いしん坊だからな」
「よし、じゃあ行こう!」
朝のように三人はもう一度手をつなぐと、ぴかぴかの校舎の中へと踏み入った。
これから自分たちが学ぶであろう教室。半円を描くように置かれた長机にたくさんの椅子が置かれ、教師の話をどこからでも聞きやすいようになっている。
身に着けた魔法を実際に練習できる中庭。広々としたスペースに的やダミーが置かれ、室内で打つと危ない魔法もここでなら打ち放題だ。水分補給用コーナーも完備しており、運動も楽しめる。
どんな屋敷よりもたくさんの本がある図書室。この森は歩いても歩いても、途切れぬ本の並木が続いている。本を書きたいレイシーにとっては第二の教室になりそうだ。
活気あふれる実験室。最近は魔法を使って動く道具も開発されているらしく、研究者たちが忙しく働いている。学生でも使わせてもらえるらしく、優秀な作品は買い取ってもらえることもあるとか。
喫茶スペースは大きな窓が特徴的で、穏やかに日光が差し込む落ち着く空間が広がっている。ばっちり腹を満たしてくれる食堂との違いは、パンやパスタなどの軽食をメインに提供しているところと。デザートや飲み物のメニューが豊富なところだ。魅力的なメニューの数々は見ただけで涎が出そうだったのでほどほどにしたが、利用するのが楽しみだ。「まだ食べるのぉ!?」とレトリーに驚かれたが。
依頼ボード。喫茶スペースに置かれている掲示板だ。この学校は学んだ魔法や技術を用いての奉仕活動を推奨しており、困った人たちのお願いがたくさん貼り出されている。きちんと報酬も払われるそうなので、学生たちのよい小遣い稼ぎになっているとか。
「次は医務室だな」
「医務室かぁ。きっとゴウラがいるよ。お見舞いに行くの?」
「……やめとくか。今度にしよう。因縁をつけられたら面倒だしな。今度ちゃんと謝ってきたら許してやるか」
「そうだね……あの人たち怖いし」
「そっか。じゃあ、あとは……あ」
レイシーの足が止まる。
廊下の壁に一枚のタペストリーがかけられていた。
夕焼けに照らされた海と崖。その上に立つ一本の木が、布の上の世界に生み出されている。斜陽の橙色とも黄色ともつかない微妙な光の色合い。その光に対してくっきり浮かび上がって伸びる木と崖の陰影。草の一本まで見えそうな、繊細で精緻な崖上の草むら。
別世界の窓のように、心を引き付けてやまない名画のような作品。
「これが気に入ったのか? ……すごいな。写真みたいに綺麗だ」
「綺麗だねー……」
トウタもレトリーも感嘆の声を上げている。しかしレイシーはずっと見ていたい気持ちを何とか振り切って作者名を見た。
この胸のこの懐かしさは一体何なのか、答えを求めて。
下にある作者名のところには、「オルガ・レッドフィールド」と書かれていた。
「オルガ……」
間違うはずもない、そしてもう話すこともできない大切な家族の名前が口からこぼれる。目頭が熱くなったが、ぐっとこらえた。
「あれ、どうしたのレイシーちゃん? 具合でも悪いの?」
「ううん、何でもない。さぁ、次に行こうよ。またこれは一緒に見に来よう」
「そうだな。校内見学なのに、タペストリー見学だけしているわけにはいかないからな」
三人はその場を後にしたが、レイシーはこっそりタペストリーの方を振り向く。そして、二人には聞こえないようにこっそりつぶやいた。
「オルガ。また会えてうれしいよ」