あめふりと約束 Ⅱ
人形の顔立ちや大きさはそれぞれ違うものの、爺やの操作で全員が礼儀正しくこちらへ向かって一礼する。二人はそれに拍手で応えた。
お辞儀が済むと、鎧の男と老人は横へ引いていく。少年と少女が舞台に残った。
「ここはご存じアイルーン王国。豊かで綺麗なこの国に、若き王子がおりました。凛々しき彼は王子にして騎士、愛する妹王女を守り、国を治めておりました」
旗の立った明るい色の街が背景として映し出され、王子と王女は手をつないでいた。
いかにも仲の良いきょうだいといった様子である。
その周囲では爺やの演出する、大衆を表現する影絵が大量に浮かび上がった。人の形の影たちは手を上げて平和を祝福しているようだった。
「しかしある時急報が。臣下のグリムが裏切った、二人の命に危機迫る。凄腕占者に尋ねると、辺境の森へ逃げたとの事。そこで王子は飛び出した、国と王女を守るため、グリムを追って旅に出た」
飛んできた手紙を受け取った王子が、黒いローブの老人に相談する様子が人形に演じられる。あのローブの老人が凄腕占者なのだろう。
そして引き留めようとする王女を制止する素振りを見せ、舞台袖へと走っていった。
王女と占者もその逆側に消え、背景が切り替わる。
明るい街の絵が消えて現れた暗い森の中では、いかにも人形らしいちょこちょこした動きでグリムを追う王子が走っていた。
「王子がグリムを見つけると、彼はすぐさま降参した。グリムは王子にこう言った、占者殿の命を受け、僻地の調査をしていたと」
森の中にいた、鎧の男の前まで王子がたどり着いた。
男はすぐに王子の前に膝を折り、討ち果たすつもりで来ていた王子は困惑してそわそわしている。
しかしすぐに何か閃いたようで、ぽんと手を叩いた。
「そこで王子は感づいた、全ては占者の策略だ、しまった一杯食わされた、早く都へ帰らねば」
王子がグリムを伴ない、一心不乱に走り始めた。行きよりも激しい動きで走る二人の姿からは鬼気迫る様子を感じさせる。
必死に走る二人の横で、背景が森から街へ戻った。
「都は今では大騒ぎ、王子が居ぬ間の作戦だ、反乱起こした大軍勢、いたるところを総攻撃!」
剣や槍を持った人型の影が、大挙して最初の街の中で暴れまわっている。
舞台の上に炎が上がり、少女の肌にも熱が感じられた。まるで街全体が炎に包まれているようだった。
「都へ帰った王子とグリム、迎え撃つのは反乱軍! グリムは敵を引きつけて、王子を先へと急がせた!」
小気味よいリズムの爺やの語りに合わせて、二人の人形が剣を振るう。
襲いかかる兵士たちは全て人形ではない影だが、王子とグリムの決死の戦いぶりとそれに合わせて挿入される刃の音が、影が実体を持っているかのように錯覚させる。
そしてグリムが盾となって襲いかかる影の兵士たちを引きつけ、炎を突っ切って舞台から去っていった。
王子が逆方向へ走ると、その動きに合わせて背景の絵が流れる。
今度は豪華な椅子のある、石造りの部屋が現れた。流石に室内なだけあって炎の熱は控えめになったが、そこに待ち受けていた者は少女の興奮を持続させるのに十分だった。
現れたのはローブの老人。王子を策に嵌めた張本人の占者だった。
「戻って来たか、ちょこざいな! 卑劣な占者よ覚悟しろ! 二人の戦いいざ開始!」
国を治める王子と国を狙う占者、最後の決闘が始まった。
占者と王子は手に持った剣で激しく切り結ぶ。
老人とは思えないスピードで繰り出される攻撃を、王子は流麗な剣さばきでいなしていく。
どちらも一歩も引かない決闘の末、王子が繰り出した渾身の突きを防いだ占者は体勢を崩した。
彼の剣が手を離れ、宙を舞う。王子はすかさず占者の喉元に剣を突きつけた。
勝敗が決した、と思われたその時。
「占者の策は悪逆非道、かよわい王女を盾にした! 王子が動きを止めたなら、そこへ短剣投げつけた!」
占者は素早く王女を舞台袖から引っ張ってくるとその腕の中に捕えた。
剣を突きつけるのを躊躇う王子。その肩に占者の放った短剣が突き刺さる。
人形でありながら、生々しい血が噴き出した。
王子ががくり、と倒れそうになる。占者の笑い、王女の悲鳴までが聞こえてきそうだった。
「しかし王子は倒れない! 不屈の意志で立ち上がり、勝ち誇る占者真っ二つ!」
王子は剣を杖代わりに立ちあがった。そのまま勝ち誇り、油断していた占者を切り捨てて、腕の中から王女を解放した。
「おおー!」
思わず少女は歓声を上げた。
上半身と下半身を分断された占者は舞台袖まで吹き飛んでいった。あとには抱き合い、再会を喜ぶ王子と王女が残った。
「ここに首魁は討ち取られ、反乱はこれで収まった。王子と王女は手を取り合い、末永く国を治めていった。これにて、めでたしめでたし」
最後は登場した人形の四体が再び舞台上に集まった。
王子や王女は勿論、戦いに身を投じていたグリムや斬られた占者も元に戻っており、二人の観客に向かってお辞儀をした。
「よかったですわ!」
「んー!」
少女とサンディはすばらしい時間を提供してくれた爺やと小さな名優たちに惜しみない拍手を送った。