とある少女の入学当日 Ⅲ
レイシーの様子に気づいたトウタはゴウラの目をまっすぐ見据えた。
「……お前の手下にはならないよ」
「なら仕方ない。おい! こいつらをやれ。どうしても構わん、痛めつけてやるんだ!」
「わかりましたゴウラ様! さてカワイコちゃんたち、どうしてやろうか……なっ!」
伸びてきた男の腕をレイシーはしゃがんで躱す。そして伸びきった腕の関節を殴りつけた。
「……あ?」
ごきっと音がして、彼の腕があり得ない方向に曲げられた。何が起きたか知覚できなかった男の目がすぐに苦痛に見開かれる。
「ぐわああああああああああああああっ! いでえよぉ!」
「この小娘が……!」
「来るといいよ。友達には触れさせないから!」
レイシーはレトリーの前に立ちはだかりつつ、暴漢達をいなしていく。
彼らも腕に覚えのある者達だったのかもしれないが、いつか戦ったモンスターやアクロ、コルベスの攻撃の早さに比べればまるでたいしたことは無かった。
攻撃が見える。敵の動きが読める。レイシーは攻撃を躱され、空を蹴った一人の脚をがっちり掴んだ。
「借りるよ!」
「うわあああああああああ!?」
悲鳴を上げる彼を鈍器のように振り回し、襲い来る男達にぶつけ、吹き飛ばしていく。レイシーの怪力あっての大技だ。
「くそっ、魔法だ! あいつは魔法は使えない! 遠くから撃てば……」
「させない。えいっ!」
「ぐばぁ!」
飛び道具ならこちらにもある。レイシーは手にした人間を放り投げ、魔法を使おうとした男にぶつけた。
「あり得ん……なんて滅茶苦茶な戦い方だ!」
あまりにも力任せの戦法とそれを可能にする怪力を目にし、ゴウラの手下達の動きが止まる。人間鈍器で大半をなぎ倒したので残りは二人のようだ。
「ここで終わりにしようよ。もう関わってこないで」
「黙れ! 小娘に負けるなんて、ゴウラ様の手下の名折れだ!」
「同時に攻撃、行くぞ!」
「おう!」
二人がかりで囲まれたレイシーはとうとう羽交い締めにされた。一人に太い腕でがっちり抑えられると同時に、もう一人が拳を握りしめる。
「今だ、やっちまえ!」
「ここまでだ。大人しく……」
「大人しくするのは、お前だ!」
相手に触れられているむしろ好都合だ。
身体をすごい勢いで前に倒して背負い投げをするように、自分を拘束した男を前に投げ飛ばした。
「あっ」
「えっ」
レイシーを殴りつけようとした男は人間大砲に直撃してしまう。二人は仲良く折り重なって倒れた。これで全部だ。
かくして男達は、たった一人の少女の力の前に為す術無く倒れ伏したのであった。
「ちゃんと手加減できてるかな……」
本気でやれば相手は簡単に死ぬだろう。友達を傷つけようとしたことは許せないが、仮にも今から同じ学校で学ぶ生徒にそこまでするのはさすがにいけない。
「そ、そんな……僕の親衛隊が……」
「さぁて、よくもやってくれたな。覚悟はできてるか?」
「た、頼む! 悪かった、もう許してくれ!」
ゴウラはへたり込み、トウタを見上げて許しを請う。だが、見下げる彼の目に慈悲はなかった。
「やっと謝ったか……でもな、残念ながら、タイムアップだぜ!」
炎、水、雷、風。全てが混ざり合ったエネルギーがトウタの手に生成され、ゴウラに狙いを定めた。
「トウター、ほどほどにね?」
「おう。ほどほどに、ブッ飛ばす!」
「ぎやあああああああああああああああああああああああ!!!!」
爆風が頬を撫でる。トウタの魔法がゴウラを焼き、凍らせ、痺れさせた。
救護隊がやって来て、ゴウラ一行を担架に乗せて運んでいった。
「同期で初の医務室使用だな」
「入学式には出られないね」
逃げたり、隠れたりしていた周囲の生徒達も姿を見せ始めた。戦いを見ていた者の中にはばらばら拍手を送ってくれる人もいた。
「レトリー。大丈夫? 立てる?」
「……ありがとう。腰が抜けちゃって……」
レイシーは彼女を支えて立ち上がらせる。
「レイシーちゃん、ありがとう。見かけよりずっと強いんだね。トウタくんもすごい魔法だったよ」
「怪我が無いなら良かったよ」
「いこう、レトリー」
三人は再び、学校への道を歩き始めた。
「……私も誰かを守れる人になりたいよ」
「え、レトリー、何か言った?」
「ううん、なんでも! さぁ行こうよ、入学式に遅れちゃう!」