とある少女の入学当日 Ⅰ
入学式の日がやって来た。
「う~~~ん、はぁ」
まぶしい朝日の中、レイシーは大きく伸びをした。
ここは学生寮の一室だ。
基本的にこの学校は全寮制になっているため、住む場所のないレイシーには都合が良い。一部屋に二人が住み、共同生活を送るのだ。しかしそれを良しとしない貴族や家庭が貧しく働いて支えなくてはならない学生は特別に自らの住まいで暮らすことが許されている。
いろいろあるのだろう、とレイシーは思う。始業時間は変わらないので寮の方が楽だと自分は思うが。
ベッドから起き上がったレイシーは、もう一つのベッドへと向かっていく。小山のようにこんもりした毛布がその上に鎮座していた。
「おきて。入学式に遅れちゃうよ」
「ほわぁ~……?」
気の抜けた声とともに毛布の中から人間が現れた。這い出た一人の少女が眠たそうに目をこする。
彼女はレトリー。レイシーのルームメイトの少女だ。
「起こしてくれてありがとうね、レイシーちゃん。おはよう! 今日もかわいいなあ!」
彼女が動くたびに茶髪のくせっ毛がぴょんぴょん跳ねる。
寝間着の上からうかがえる体格は太りすぎず痩せすぎず健康的で、どことなく運動が得意そうだ。
よく笑う口からは並びのいい白い歯がのぞいている。
「おはよう、レトリー。朝ご飯にしようよ」
「うん! 私の火の魔法なら、部屋で簡単な料理が作れるからね。はい、鍋!」
「加減を間違えないでね。煮込むのはわたしがするよ」
彼女と出会ったのは二日ほど前だが、そのときからずっとこんな感じだった。
「ええ! レイシーって、あの子なの!? 試験、頑張ってたんだよね! 頑張り賞でぎゅってしてあげる!」
いきなり抱きしめられたときはさすがに驚いたことを、レイシーは十秒前のことのように思い出せる。
「んん~、このスープおいしー! レイシーちゃんはすっごい料理人になれるよ!」
「レトリーこそ、火を貸してくれてありがとう。このスープはね、まさにその料理人の友達に教えて貰ったんだよ」
「すっごいよ! またなでなでしてあげよっか!」
「冷めちゃうよ。早く食べよう」
レイシーお手製の朝食を食べているときもそれは止まなかった。
好意を向けられているのは嬉しいが、どうにもむず痒い。それと、テンションについていけない。
朝食を済ませたら次は着替えだ。制服に着替えるレイシーを、窓からの陽光が優しく包む。ぱりっとした服の感触に、新しい匂いが心地いい。胸には学校の紋章がついている。
襟が立たないようしっかり整えて、首もとのリボンを締めたら、小さな魔法学校生の誕生だ。鏡の前でしっかり髪を梳かす。第一印象は気をつけなくてはならない。
アクセサリーは頭のリボンと、サンディの形見の懐中時計。どちらも長い旅を共にした仲間だ。
「んん~、似合っててかわいいよぉ! なでなでしてもいい?」
「……わかったよ、ちょっとだけね」
「えぇ~、1時間くらいは……」
「それはやめて。レトリーも早く着替えて」
着替えた二人が外に出ると、同じように制服を着た人がたくさん学校に向かっている。明るい表情、不安げな表情、やる気に満ちた表情、今にも「帰りたい」と言い出さんばかりの表情。色々な思いを抱えた人々を見ていると、とても新鮮な気持ちになれる。
「すごい人だねぇ。はぐれないように手をつなごっか」
「いいよ、はい」
「んん~、レイシーちゃんの手はいつもぷくぷくだなぁ。赤ちゃんみたいでかわいい!」
「あ、ありがとう。行こうか」
「お、いたいた! おはよう、レイシー!」
後ろからトウタが声をかけてきた。
「おはよう、トウタ」
「ん、一緒にいる人はレイシーの寮のルームメイトか? 俺のルームメイトは早起きでな、置いてかれてしまったんだよ……はぁ」
「レイシーちゃん、この男の人は知り合い?」
「うん。トウタって言うんだ。入学準備の時に出会って、わたしを助けてくれたんだよ」
「トウタって……あの全属性持ちの!?」
レトリーの目がきらきら輝いた。