落ちこぼれから始まる学園生活かと思ったら、特殊クラスに入れられた件 Ⅱ
「そうか、それであんなに急いで追いついてきたのか……すまなかったな、俺のせいで」
「ううん、ぶつかったわたしが悪いよ。ごめんなさい」
レイシーは無事交換券をもう一度交換できた。
目の前の彼は親しみやすそうな笑みを浮かべている。髪いつか市場で見た、極東の商人のような黒。身長は周りの人よりは低いが、半袖のシャツから覗く腕は細いようでがっしりしている。そういえば、スープを作るセコロの腕やヘンデルが剣を振るう腕も細くてがっしりしていたことを思い出した。男の子と言う存在はこういった体つきをしているものなのだろうか。
「俺はトウタっていうんだ。トウタ・オカヤマ。君は?」
「わたしはレイシー。あなたも学校に行く準備をしているんだね?」
「ああ、そうだよ。にしても、こんなに小さな子も俺と一緒に勉強するのか……元の世界じゃ学年が……いや、もう学校が違うよな。下手すりゃ小学生だ」
「え? 何いってるの?」
「いやいや、こっちの話。そうだ、俺も今から魔法力の検査に行くんだ。一緒に行かないか? 一人で行けるか?」
「うん、場所はわかるけど。せっかくだから一緒に行こうよ! そっちの方が楽しいよ!」
「そうだな!」
トウタを道連れに加えさあ行こうと思ったとき。きゅるるるる、とお腹が鳴く音がレイシーの歩みを止める。
「あっ……ごめん。そういえば何も食べてなかったなあ。先にお昼ご飯にしてもいい?」
「いいよ。俺もお腹すいてたからな。食堂まで案内するよ」
「ほんと? ありがとう!」
学校の食堂はメニューがいっぱいだった。いっぱいに両腕を広げたレイシーが四人手をつないだくらい大きな看板に、料理の名前がずらりと並べられている。料理を受け渡すカウンターの前には空腹を満たそうとしている少年少女達が押しかけるように行列を作っていた。制服の人もいれば、そうでない人もいる。自分たちと同じように入学準備のために訪れた人々もここへやってきているのだろう。
そして、食べるスペースとして長机が置かれている。開放感のある高い天井の下にたくさんの長机や椅子がびっしり並べられた光景は、お城の晩餐会会場にも劣らない。
「メニュー、こんなにあるとどれにしようか迷うなあ」
レイシーは忙しなくメニュー看板を見渡している。
「魔法学校は全寮制。つまり、授業期間の間は学校に泊まるタイプだからな。沢山用意して、生徒の舌を飽きさせないようにしてるんだよ。オリジナルメニューの募集なんかもやってるぞ」
「これからずっとここのご飯を食べるんだね。だったら今日は最初の記念メニューかぁ……ますます迷っちゃうな」
「ゆっくり選ぶといいよ。俺は……やっぱりラーメンにしようかな」
「らーめん? 聞いたことない……」
「お、そうか! 食べたことないんだな! じゃあ、一緒に食べよう!」
「そうしようかな。トウタ、それって美味しいの?」
「そりゃあ、初めて食べたときの感動と言ったらもう……記憶を消してもう一度食べたいくらいだ……って、悪い悪い。食べたいものを好きに選んでくれ」
うっとりしていた彼は決まり悪そうに言い直した。しかしラーメンについて話す彼の目はキラキラしていた。そこまで美味しいものなのだろうかと、ものすごく興味が湧いてきた。
それにトウタはこの学校で初めてできた友達ということになるだろう。初めての食事を初めての友達に選んで貰う。なかなか良いことかもしれない。
「決めた! わたし、それにしてみるね!」
行列は長かったが並んだ二人はどんどん前に送られていき、あっという間に料理を受け取れた。
「あれ、早かったね。もっと待たされるかと思っちゃった」
「学校は授業の合間に食事をするからな。そういうところもちゃんとしてるんだろうな」
話しながら、レイシーとトウタは向かい合って座る。それから、トレイの上で湯気を立てている今回の相棒を改めて眺めてみた。
ラーメンは奇妙な食べ物だ。一見椀に入れられた茶色のスープのように見えるが、中にはパスタのような細麺が投入されている。そして薄切りの肉や細かく刻んだネギが、麺に重ねられるように浮いている。
しかし食欲をそそるのはこの香ばしい香りだ。湯気とともに伝わる美味しそうな匂いによって、見たことのない料理なのに全くまずそうだと思わせない。
「よし……」
ここからは挑戦だ。レイシーはフォークを持つと麺を絡める。熱いようなのでしっかりふーふーと息を吹きかけてから、口に入れた。
「ん、んっ!」
「どうかな? 初めてのラーメンは」
「すごく……すっごく……すっっっっっごく美味しい!!!」
口の中に広がったのは、塩辛くもさっぱりした独特のスープだった。それが麺の食感に絡まることで、他にはない美味しさを醸し出している。
最初はパスタと同じに見えた麺も、あちらと違い細くちぢれているのが分かる。その形がスープの味わいをしっかり捉え、コンビネーションを更に引き立たせるのだ。それでいて喉越しも良く、味を楽しんだ後はつるりと胃袋に落ちていく。
上に乗っている薄切り肉はシンプルな味付けながらも脂が乗っていて肉厚。麺と喧嘩せずスープとも良く合う名脇役と言えるだろう。ほどほどにのせられたネギも、野菜のしゃきしゃきした爽やかさをハーモニーを崩さず足している。
「ああ……おいしい、おいしいよぉ……」
額に汗が流れるのは身体が温まったからだろうか、はたまた絶品を食した興奮からか。恍惚としながらレイシーは麺を次々に手繰る。スープもあっという間に飲み干してしまい、気づけば空っぽの椀だけが目の前に残されていた。