王都にたどり着く Ⅱ
それからすぐ、急ぎの馬車が到着してきた。
「遅れて済まなかったでおじゃる!」
肥えた身体を扉に詰まらせないようにしながら、馬車からラムラが降りてきた。
「よかった、使いが届いたんだね。ここの奴隷に協力して貰ったんだ。労ってくれたかい?」
「ええ、あの奴隷達にはとびきりのご馳走をしたでおじゃる。それにしても、王子たちがコルベスを倒したと聞いて慌てたでおじゃるよ。お伝えさえ下されば、もっと早くお力になれたものを……」
「領地の外に出ようとする人は厳しく見張られていたからね。それにあれ以上、ラムラに迷惑をかけるわけにはいかなかったから……ごほっごほっ」
「私たちが町に逃げてしまったら、町は確実に襲われるわ」
「ヘンデル王子……グレイル王女……そこまで私たちのことを考えて……感激でおじゃる……!」
「ラムラ、泣いちゃ駄目よ。みんな見てるわよ」
人々を運ぶための大きな馬車が次々に到着した。ようやく苦しみから解放された奴隷達が我先にと乗り込んでゆく。行き先はラムラの領地で、今までの傷をゆっくり癒やしてもらうのが目的だった。
捕まった兵士達は別の馬車に乗せられ、厳しく見張られながら王都に護送されてゆくらしい。その後、ラムラは連れてきていた奴隷に命じて改めてこの地の実情を探らせた。
「今までこちらが送っていた使いは、うわべだけ見せられて帰されていたのでおじゃるな……そのせいでこの地の多くの人々を苦しめてしまった。反省しないといけないでおじゃる」
「それは僕も同じ意見だよ。少しずつ悔い改めていこう」
「まずは奴隷達を私のところで雇い直すでおじゃる。ゆっくり休んで貰ってからこの地域に戻ってきてもらい、自由な町を自分たちの手で作って貰おうと思っているでおじゃる。勿論援助は惜しまないつもりでおじゃるよ」
「それは名案だね。あと、コルベスについてもお願いしても良いかな? こっちは兵士と同じで王都に護送してほしい。裁かないといけないからね……ごほっ」
「王子、大丈夫でおじゃるか? 病気でおじゃるか?」
「大丈夫だよ。王都には薬がある。心配しないで」
「くれぐれも無理はなさらぬようお願いするでおじゃる……それにしても占者の反乱に続いてまたまた反逆の徒を自ら打ち倒すとは……王子、お手柄でおじゃるな。」
「それがね、コルベスを倒したのは僕じゃないんだ。レイシーがコルベスを倒してくれたんだよ」
「なんと!」
ラムラの目が驚いたようにかっと見開かれたが、すぐににっこりと笑った。
「そうなのでおじゃるか! 怪我はなかったでおじゃるか?」
「う、うん。大丈夫」
「よかった……よく頑張ったでおじゃる。王都に着いたらご馳走でお祝いするでおじゃるよ!」
彼はぷっくり膨れた手で頭をわしわし撫でてくれた。
「あ、ありがとうございます」
褒めてもらえるのは嬉しかったが、ご馳走という言葉がよりレイシーの心を浮き足立たせた。屋敷で嗅いだ調理場の香りが思い出されて、早くもよだれが出てきそうだ。
「さて、こいつには今までの罪を裁くだけでは済まさないでおじゃる。ここを所領にしていた貴族同盟のことも洗いざらい吐いてもらうでおじゃる」
ラムラの表情が変わった。レイシーもぎょっとするほどの激しい怒りを込めた視線が倒れたコルベスに注がれた。
「……ねえ、ラムラさん」
「何でおじゃるか?」
「こいつ、変なことを言ってた。貴族は色々な物を与えられるから、それを全部独りで守ってきたんだって。家族も友達もみんな信じられなかったんだって。貴族って、そういうものなの? ……ラムラさんも、そうだったの?」
「……そんなことを言ったのでおじゃるか」
ラムラはため息をついた。
「残念でおじゃるが、その通りでおじゃる。私も昔は大変だった。部下に任せておいた仕事がいつの間にか乗っ取られていた、ということはたくさんあったでおじゃる。そして、貴族の仕事の失敗によって苦しむのは、民なのでおじゃる」
「そうなの?」
「領地の見回りを失敗すれば、治安が悪化し悪党が蔓延る。交易を失敗すれば、お金が回らなくなり安心して生活ができなくなる。いつだって民が苦しめられるのでおじゃる」
「……だから、ラムラさんはあんなに沢山の仕事を一人でやっているの?」
「そうでおじゃるな。じゃが、私は独りだ、孤独だと感じたことはないでおじゃる。どれだけ裏切られても、付いてきてくれる仲間がいる。自分は人を信じられると、そう思っているでおじゃる」
「みんな、裏切り者になるって考えたことはないの?」
「これも残念でおじゃるが、可能性はなくならないでおじゃるな。だからこそ、裏切りがあったときに傷つく民を最低限にしようと思っているのでおじゃる。自分の信じる心のせいで他の民を傷つけるのは、まこと自分勝手でおじゃるからな」
「……気持ちと仕事は分けて考えている、っていうことだよね」
「そうでおじゃるな。でもいつか、他の者に無事、仕事を任せられるようになる。それが私の夢でおじゃるな」
「……ありがとう。答えてくれて」
コルベスがああ言いながらレイシーを最後まで受け入れなかったのは、気持ちと行動を分けていたからだったのかもしれない。彼の話を聞いたレイシーはなんとなくそんな気がした。
「ねぇ。ラムラさん。わたし、味方でいるよ。ラムラさんが皆のために頑張るところ、好きだから。わたしも協力したいんだ。そう思ってる人は、他にもきっといっぱいいると思うよ。みんなラムラさんに感謝してると思うから。夢、叶うといいね」
「……ありがとうでおじゃる……そんなに優しい言葉をかけられると、うう、また涙が……」
彼が泣くのにも少し慣れてきた。彼の嬉し泣きがずっと続けば良いのにと、レイシーは思った。