王都にたどり着く Ⅰ
レイシーはコルベスを倒した後、気絶した彼を引きずりながら急いで外に出たところ、ちょうど来たときのように兵士を乗せた馬車がやって来ていた。
「あ、あれは……」
「コルベス様だ……」
自分の手の中でぐったりした男を見た兵士達の中にどよめきが広がる。レイシーは彼らを見据えて頼んだ。
「乗せてください。王子の所までです」
「……どうするんだ……コルベス様がやられるなんて……」
「俺たちじゃ勝ち目がねえ! 化け物だ……」
「あいつ、やべえよ……」
「早く!」
「は、はいいぃっ!」
ざわつきを大声で一喝すると、彼らは親に叱られた子どものようにそそくさと場所を空けてくれた。すぐにコルベスを担ぎ上げてそこに飛び乗る。
「できるかぎり早くお願いね!」
「わ、わかりましたああああぁぁぁ!」
無駄な血が流される前に一刻も早くヘンデルとグレイルの所に戻り、この事を伝えなくてはならない。レイシーはコルベスと戦ったとき以上に焦っていた。
馬車は飛ぶように走ったが、レイシーにはその時間がとんでもなく長く感じた。
「レイシー! 無事だったのね!」
「グレイルも! 戻ってこれなくて、ごめんなさい」
馬車から降りるやいなや、グレイルが飛びついてきた。彼女から漂う汗臭い匂いが、いかに激戦だったかを物語っている。それでも、抱きしめてくれたのはとても嬉しかった。
「よく戻ってきてくれた」
「ヘンデル! よかった……」
「王子だからね。それよりそいつは……コルベスかい?」
レイシーが引きずっている男を見たヘンデルとグレイルの顔はぱっと明るくなった。
「まぁ! 彼をやっつけたの!? すごいわ!」
「うん、何とかね。それより、戦いは終わったの?」
「ああ。アクロは僕が討ち取った」
彼の後ろにアクロが倒れている。周囲では奴隷達が、逃げる兵士達を追い立てるように捕えていた。騒がしさの中、彼は像のようにぴくりとも動かない。
「そっか。彼は死んだんだね」
「アクロと僕とグレイルで決闘になったんだ。アクロが倒されたのを見て、他の兵士は総崩れさ」
「それで味方になってくれていた人達が、敵を捕まえてくれているの。まだ戦おうとしている人は大体無力化できたわ。逃げ出した奴らはわざと逃がして、コルベスが倒れたことを広めて貰おうと思ってるの」
「……そう」
レイシーは周囲の状況よりも、かつて自らの腕を切り落とした男の遺骸を見た。アクロはまるで一仕事終えた後のような安らかな顔だった。
「眠っているみたいだね」
「ええ。兄上と、私と戦って、満足そうだったわ」
「……ねぇ、グレイル。わたし、最後まで理解できなかったんだ。漁村でアクロが言ってた、殺し合いが大好きだっていうのだよ。なんでそんな酷いことを楽しめるんだろうってずっと思ってた。だけど、彼の顔を見ていると、やりきったっていう満足した気持ちだけは、なんとなく分かってくるような気がするんだ」
「そうね……」
「だから、思うんだ。わたしがいつか死ぬ時、ああやって笑えるのかなあって」
それを聞いたグレイルは少し目を閉じたが、やがて言った。
「絶対大丈夫よ。叶えたい夢があるなら、それに向かって努力すれば良いわ。夢がなくても、今から見つければ良いの。何をするにしても遅いなんて事は無いわ。そうして何かをやりきった時に、笑いながら終われるものなんだと思うわ」
「……ありがとう、グレイル。わたし、本を書くのが夢だから、頑張ってみる。その言葉、大事にするよ」
「……実はね、これ、グリムの受け売りなの! 人質になった後に落ち込んでいたら教えてくれたのよ!」
「そうなんだね! じゃあグリムにもお礼を言わなくっちゃ!」
「まず一つ夢が叶ったわ。皆で王都に行けることを喜びましょう! 夢は多ければ多いほど良いの!」
「それもグリムの受け売り?」
「ええ! そうよ!」
「もう、グレイルったら!」
あははははは、と二人の少女は、互いを見合わせて笑った。