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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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決戦をする Ⅶ

「どうした? 息が上がっておるぞ?」


「ああ、少し、休憩だ」


「良いだろう。じっくり死合いを楽しむのもまたよかろう」


 口ではこう言い合っているが、口約束だけの「休憩」はいつ崩れるか分からない。事実、これは休憩などではなく、刃の打ち合いを止めて互いに牽制し合っている状態なのだ。

 アクロはにやにやしながらも、二人の顔と剣を絶えず見張っているのがわかる。いつ暴風雨のような攻撃が襲いかかってくるか、常に警戒しておかなくてはならない。


「どうする……?」


 周囲の奴隷達と兵士達は自分たちより遙かにレベルの高い戦いに気圧され、もはや動けない。彼らが状況を動かすとは考えられないだろう。

 更に、アクロにも隙は無い。二人でいかなる連携を繰り出したとして、止められてしまうだろう。下手をすればこちらが斬られかねない。

 考えても考えても何も思い浮かばない。


「……兄上。私に策があります」


 そんなとき、グレイルが目線を敵に向けたまま話しかけてきた。体力が尽きつつある彼女の頬には大量の汗が流れている。


「策とは?」


「狙うのです。他の部分を」


「……そうか」


 その一言で理解したヘンデルは頷いた。今できる最善の手は、きっとこれなのかもしれない。少なくとも今までヘンデルが考えた戦い方よりはずっといいのかもしれない。


「三秒したら仕掛けよう」


「ええ」


「いち、にの……さん!!!」


 二人の攻撃により、新たな刃の嵐が吹き荒れる。


「来たか! さぁ、楽しもうぞ!」


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!」


「ていやああああああぁぁぁ!」


 王子と王女は空気が震えんばかりの雄叫びを上げながら、何度も剣をアクロに叩きつける。がきんがきん、と激しく鋼のぶつかる音は、まるで武器まで主人と共に咆哮しているようだ。

 しかし、アクロはすぐに違和感を感じ取った。


「そんな攻撃では、拙者に届かんぞ?」


 二人は聞いていないようだった。ただひたすらに、狂ったように剣を振り下ろしている。

 しかし、その剣には「殺気」がなかった。アクロがこれまでの「死合い」で感じてきた、刃を相手に届かせ、斬り、殺してやろうという意志。それがまるで感じられないのだ。

 アクロの攻撃をしっかり防いでいるという点を除けば、ヘンデルもグレイルも、理性の無い獣がするような力任せの攻撃を繰り返している。

 次第にアクロの心のを、冷ややかな感情が満たしていった。


「……つまらん。残念だが、ここまでだ」


 アクロは顔に失望の色を浮かべ、ため息をつくように言い放った。


「一国の主の倅がこの始末とは片腹痛いが、此度は容赦せぬぞ。死合いを放棄した愚か者め、ここで散れ!」


「仕掛けるわ!」


「ああ!」


 アクロの刃が振り下ろされる直前、グレイルは自分の持つ剣をぐっと握りしめる。

 あの夜、グリムから貰った剣。その重みを力一杯振りかぶる。


「……お願い。グリム、もう一度私達を守って!」


 グレイルは剣を、力いっぱい襲いかかる刀に叩きつけた。

 ぱきぃん、と金属が砕ける音がした。

 二つの刃が折れ砕け、空中できらきら光りながら飛び、落ちた。

 グレイルの持つ剣とアクロの持つ刀は、相打ちとなったのだ。


「……ほう」


「そこだ!」


 すかさずヘンデルはアクロの肩を貫いた。

 もはや防ぐ術を持たない彼に、剣が深々と突き刺さる。ぼたぼたと血が滴り落ち、彼の姿勢が揺らいだ。


「見事だ……」


 彼の技に付け入る隙がないなら、本体ではなく刀を力任せに攻撃する。それが二人の採った作戦だったことを、彼はようやく理解したのだった。

 当然、それは賭けでもあっただろう。アクロの持つ刀は数多の戦場を駆け抜けた、妖刀と呼んで差し支えないほどの業物だ。かつてグリムの持っていた剣、ヘンデル自らの持つ突剣の強度が敵に勝っていなければ自殺行為に過ぎない。

 しかし、二人はやってのけたのだ。己と、その手の剣を信じて。


「グリム……あの男、死してなおあやつらを支えるか……まったく、どこまでも面白い男よ……」


「降参しろ。まだ手当をすれば助かる。僕は命まで取るつもりはない。違法行為に加担した罪にグリムを殺した罪。しっかり裁いてやる」


「ええ。私たちは王族。どんな人でも法の元に受け入れるわ」


「……情けをかけるか。拙者もなめられたものだ。我が魂が折れた今、命があって何になろうか」


 アクロは上を向き、立ちあがる。折れた刀を構え、戦いの構えを取った。それはこれから討たれる男の、戦士としての最後の矜持であり、相手への礼儀だった。


「お前は人を殺すのではない。この一人の男の戦いを、終わらせるのみなのだ」


「……そうか。わかった」


 ヘンデルはグレイルを制すると、同じように戦いの構えを取った。

 両者ともに已に満身創痍だ。しかし戦いの緊張感は、未だに場を支配している。とうとうそれを断ち切るときが来た。


「さぁ、死合おう!」


「我が名はヘンデル・フォン・アイルーン。そなたの命、貰い受ける」


 落雷のような速さで、突剣がアクロの胸に突き刺さった。


「……すまぬな、コルベス。拙者はあちら側で死合うとしよう……」


 その身体が倒れる時、ヘンデルとグレイルは確かに彼が笑っていたのを見た。


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