決戦をする Ⅱ
「な、なんの騒ぎだい!?」
「コルベス、説明しておくれ!」
着飾ったドレスに身を包んだ、見た目だけは豪奢な二人の女。しかし体型は痩せすぎと肥満体である。不摂生そのものと言うべき身体が、薄暗い部屋の中でふるふる震えている。
「奴隷どもが反乱を起こしたようですよ。ご安心ください、すぐ鎮圧して見せましょう」
それを聞くと太った女の顔がりんごのように真っ赤になった。痩せた女も額に青筋を浮かべ、片割れの怒りに同調している。
「奴隷だって! 貴族をなめたゴミどもめ! 皆殺しにして……」
「おや、皆殺しにしてしまうとこの土地からの収入が大きく減りますよ? ただでさえ間借りしている土地だ。私と一緒に仕事をしているならそのくらいは理解して貰いたいものですね」
「う……」
短絡的な考えを謝罪することもせず、彼女は目を背けた。それを見たコルベスは心配するなと言わんばかりににやりと笑う。
「良い知らせもありますよ。なんでも、王子と王女自ら攻めてきたとか」
「それは本当かい!? まずいじゃないか! ここにいることがばれたら……」
「いえ、大丈夫です。奴らは王都には戻れないように包囲していますし、貴族も抱き込んでいます。それにこれはチャンスでもあるのです」
「ちゃ、チャンス?」
「はい。奴らを殺せば、我々の間者は更に王都で幅をきかせられるようになります。ヘンデル王子とグレイル王女は、長らく間者の活動を邪魔していましたから」
「そうだよ! 大人しくしていれば良いものを!」
「奴隷が自由に使い潰せなくなったのもあいつらのせいだ! ちょうどいい、ここで殺せ! 奴隷は駄目でも、あいつらならいいだろう!」
「奴隷は駄目だが、王族は殺してもいい……まったく面白いことを仰いますね」
コルベスは二人の後ろを見やると、腰に差した短剣を手入れするように撫でる。柄に施された黄金の装飾が燭台の炎を受けて煌めいた。
「なお、それに関しましてはもう手を打っています。今先ほど、アクロを送り込みました。あの二人だけでは対処できないでしょうね」
「……え!?」
「あいつが……!?」
その名前を聞くと二人は一転して震え上がった。
「大丈夫です。アクロは必ずあいつらを仕留めるでしょう。あとはあの小娘を仕留めるのみ……お二人は一足先に王都へお逃れください。反乱を止められてもお二人が倒れては意味が無い。馬車は外に用意しています」
「そうだよ姉さん! こんな所にはもういられない、反乱が収まるまで王都でゆっくりしましょう」
「そうだね。私の婚約祝いの準備もあるし、そうするわね」
「今度の婚約祝いには私も呼んでくださいね。……おい、案内して差し上げろ」
「……わかりやした」
「心配するな。『剛拳』の仇は必ず取ってやる」
「……」
奥から現れた小男に案内され、二人は逃げるように裏口から出て行った。
「……さて。いるんだろう? 出てくると良い」
コルベスは短剣をしまうと、優しい声色で言った。
人がいなくなってからコルベスに奇襲をかけるつもりだったが、どうやら見つかってしまっていたようだ。観念したレイシーは、彼女らが出て行った扉とは逆の扉から姿を見せた。
「あなたがコルベス?」
「そうだよ、レイシー。警備をくぐり抜けてよく来たね。歓迎しよう」
「警備なんて、ほとんどなかったよ。みんなヘンデルの所へ行ったから。それより、聞きたいことがある」
「ほう、何だね?」
「……どうしてわたしたちを殺そうとするの? どうしてグリムを殺したの?」
相手は危険で狡猾な男だとヘンデルから聞かされている。しかしそれでも話しかけたのは、降りかかる理不尽の正体を少しでも知りたいからであった。
「それはね、邪魔だからだよ。王子も王女も、私のしようとしていることを妨害してくるんだ」
「それは、どういうこと? 何を妨害されているの?」
「ヘンデル王子とグレイル王女は、奴隷の扱いを大きく改革するのに一枚買っているのさ。勿論、彼らの理想からしてみると奴隷をこんな風に扱う我々は第一の敵だよ。それが君という武力と共に王都に戻ってくるのが、我々にとって驚異だからだ。だから、殺す。それに加担している者ごとね」
「じゃあ、どうして奴隷にひどいことするの? 奴隷だって、人間なのに……」
「ああ、そうだな。人間という資源だ。有効に使ってやるのが勤めという物だろう?」
「そういうことじゃない。第一、この土地はラムラさんから借りているんでしょう? どうして一緒に協力しないの?」
「……みんな、幸せな方が良いよ。奴隷も貴族も関係ないよ」
「みんな幸せだって? 幸せなのは君の頭だよ。奴隷はこうやって使うのが良いんだ」
「……ここまでにしよう」
「そうだな。水掛け論だ」
彼はふぅ、とため息をついた。理解できない。この男とは考え方が合わない。
「だけど、わたしたちを傷つけるなら、許さない!」
レイシーはぐっと拳を握り、前に構える。
「はっ、俺とやり合うか。仕方が無い、久しぶりに身体を動かすとするかね」
自らに抗おうとする少女を見て、コルベスも椅子から立ち上がった。