思い切ったことをする Ⅱ
蜂起した奴隷たちは数で兵士たちを圧倒していた。
よほどの例外を除いて、戦において数は絶対。たとえ訓練を受けていない一般庶民でも、集まれば軍人さえも圧倒できる。ヘンデルはそのことを熟知しているからこそ、この作戦を取ったのだ。
奴隷の士気は高いばかりか、兵士もろくに手を出せないでいる。いつも奴隷を傷つけていても、彼らはあくまでコルベスの所有物だ。殺してしまえば、どんな罰をうけるかわかったものではないからである。いつも虐げられていた者たちの反逆という作戦は、これ以上ないほどうまく行っていた。
しかし、後方から戦況を確認するヘンデルの顔は明るくはなかった。病による苦しみに耐えている、というのもある。しかし最大の理由は、作戦の立役者たるレイシーがいつになっても姿を見せないからであった。
「レイシーが戻ってこないぞ? グレイル! そっちから見えるか……!?」
「駄目、兄上! どこにもいないわ!」
「まさか……」
「レイシーが作戦を忘れるはずはないわ。戻ってきて、三人で敵を突破するはずだもの」
「となれば、敵に見つかったか、敵に邪魔されたか……見つかっているのならば、戦いが起きているはずだ」
「ええ、レイシーの力のすごさはよく知っているわ。彼女が戦ったとなれば、騒ぎがこっちに寄って来るはずよ。それなのに、そんな気配もない……」
「……レイシーは一人で、コルベスのところに行ったのかもしれない」
「どうして!? 三人で行くって、そういう作戦だったのに……」
「たぶん、帰れなくなったのかもしれない。コルベスは奴隷にこんな生活を強いていることを、長く外に隠してきた領主だ。見張りの置き方も考えられているに違いない……げほっ、ごほっ」
「……兄上!?」
せき込んだヘンデルがうずくまる。グレイルは慌てて駆け寄った。
「大丈夫だ。この戦いが終わるまでは、倒れる気はない……」
「無理は絶対にしないでね……と言いたいけど。兄上はもう止まらないわよね。だから、最後まで支えさせて。この戦いが終わってもね」
「……ああ。終わっても、一緒だ」
ヘンデルは何とか立ち上がる。
「兄上の言う通りかもしれないわね……もし見つかって強行突破されたら、兵士がみんなこちらにくっついてきますもの」
「そうか。だったら……」
ヘンデルは姿勢を正し、胸を張る。大きく息を吸い込むと大声で戦う者たちに告げた。
「我が名はヘンデル=フォン=アイルーン! アイルーン王国が王家に連なる者である!」
「なに……!?」
「王子だ! ヘンデル王子が来てくださった!」
「救われるぞ! とうとう俺たちに気づいてくださったんだ!」
奴隷たちはさらに勢いづき、兵士たちはたじろいだ。
「兄上、そんなことをしたら敵本陣から増援が送られてくるわ。レイシーが戻ってきたらみんな仲良く囲まれてしまうわよ?」
「大丈夫、こうして兵士の注意をここに集めるんだ。そうすれば、コルベスの周りは手薄になる。レイシーが攻撃する隙が作れると思うんだ」
「……兄上ならこうするって、わかっていたわ。さぁて、私もやりましょうか!」
グレイルも立ち上がり、姿勢を正す。そして兄に負けないくらいの大声で、空に向かって告げた。
「我が名は、グレイル=フォン=アイルーン! 同じくアイルーン王国が王家に連なる者である! 奴隷を粗雑に扱い民を苦しめるコルベスとそれに協力する者どもよ、この国の名において許してはおかない!」
奴隷たちの歓声が強くなり、兵士たちのどよめきが大きくなった。
「冗談じゃない。いい思いをさせてもらっていたが、もうここまでだ」
「ああ。国を敵に回すなんて、ごめんだ!」
兵士たちの何人かが踵を返し逃げ出し始めた。崩れた前線を押し返すように、奴隷たちが兵士の波を押し返していく。
「おや、予想外だな。名乗るだけで兵力が削れるのは大変ありがたいな」
「さあ兄上、どんどん攻めるわよ! もしかしたらこのままコルベスの所まで押し上げられるかもしれないわ!」
「そうだね。……進め! 虐げられた者たちよ! 今こそ自由を取り戻すときだ!」