空のはなし Ⅱ
昼間とはうってかわって藍色に染まった夜空に、白く光る宝石のように数多の星々がきらきらと光っている。
まんまるの大きな月も空に青白く輝いており、降り注ぐ月明かりが明かりが無くてもほとんど問題のないくらい屋上を照らしていた。
それはぎざぎざの黒いシルエットと化した森の上空に大小さまざまな夜の光が舞い踊っているかのような、幻想的な光景だった。
「あぁ……」
「綺麗でしょう?」
「うん……」
まるで夢の中のような光景にため息を漏らした少女に、サンディが微笑みかけた。
月明かりと星明りの中で見る彼女の笑顔もまた、うっとりするほど美しかった。
「お待ちしておりました、サンディお嬢様にお客人。夕食の準備は整っておりますぞ」
「さあ、お席へどうぞ」
星がきらめく屋上のテラスでは、夕食の準備をしていた爺やとオルガが出迎えてくれた。
用意された丸いテーブルの上にはろうそくの他に、ステーキとリゾット、サラダが並べられている。どれもできたての湯気を立てており、少女はつばを飲み込んだ。
「あなたの好きなお料理を集めてみましたの。どうぞ召し上がれ」
少女とサンディ、使用人たちはそれぞれの席に着く。間もなく、サンディの合図で食事を始めた。
フォークをつかむと、用意された料理を次々と口に運ぶ。とろけるようなステーキに、身も心も温まるリゾット、そして自然な味わいのサラダ。
きらめく夜空の下でおいしい料理を味わえる幸福を噛みしめる。まるで楽園に来たようだった。
「やっと、元気になりましたわね」
「……む」
確かにサンディの言葉通り、先ほどまで胸の中に巣くっていた、落ち込んだ気持ちは既に忘れていた。
「空を見てくださいな。死んでしまった命は冥界に行って再利用され、元の存在には戻らない……そう言われていますけれど。また別の考え方では、天に昇って星になるとも言われていますわ」
サンディは夜空を指さした。その指の先には、何度見てもきれいな、光る白い星をちりばめた夜空が広がっている。
「……あなたが今食べているこの料理も、生きている物から作られているのですわ」
「……!!」
唐突で、意外なサンディの言葉に少女は驚く。
今食卓に並べられている料理はすべて、昼間の哀れなバッタのように殺された生物の、その死体なのか?
料理を取る手がぴたり、と止まった。
「しかし、わたくしたちは食べ物を、生き物を食べなくては生きていけません。ですから、命を奪ってしまったことを無駄にしないように、精一杯生きていけばいいのですわ。そして、その命に感謝するのです。たくさんの命に支えられて、今の自分があるのですから」
「そうですね。このオルガも、責任をもってお料理させていただいております」
「私も食材に敬意を払い、少しでも美味しくなるようにと日々試行錯誤しておりますぞ。もちろん、可愛いおなごの笑顔が見たいと言うのもありま……」
「爺や!」
サンディの言葉に従者たちが続く。
少女はまじまじと料理を見た。
大好きなステーキ、温かいリゾット、しゃきしゃきしたサラダ。
これらは全て、少女に命を捧げてくれた、別の命。そして、自分の命に変わるもの。
だとしたら、彼女たちの言うとおりに感謝をささげ、残さず食べるべきなのだろう。
少女はもう一度フォークを手に取る。ステーキを突き刺し、自分の口に運んだ。
料理の味としてだけでなく初めて味わう命の味は新鮮で、活力が体の隅々まで行きわたるような気がする。
昼間のバッタの、今夜の料理の、今まで食べたもの達の、皆の分まで生きる・・・そんな決意と感謝の念を抱きながら、少女は全てを食べ終えたのであった。
今年はこれで終わりです。読んでいただきありがとうございました。
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