一日が長く感じる Ⅲ
時は数日前にさかのぼる。
コルベスとアクロは、一室で向かい合っている。時刻は明け方、まだ太陽も山の向こうで手ぐすね引いているころだ。薄暗い部屋の中、ちろちろ揺れる蝋燭が彼らの輪郭を鋭く浮かび上がらせていた。
「……奴ら、そろそろ来るだろうな。俺の所にな」
「もう王都に到着してしまったのではないだろうな? 死合いの機会を逃したとあっては、お主と組んだ拙者の目が曇っていたという事になるが。その場合はお主が相手をしてくれるか?」
アクロは芝居がかった、残念そうなため息をついて見せる。
「まあ落ち着けって。奴らの痕跡が消えてから数日が経っているからそう思ったのか? 結論から言うと、大丈夫だ。俺と関わりのある周辺の貴族に連絡して、王都周辺はくまなく見張らせている。王都の検問の衛兵にも俺の仲間はいるし、王都に入っているならどこかで引っかかっているはずだ」
「本当か? 実は王都に入り今頃は宮廷で羽を伸ばしていた、と言う事は無かろうな?」
「ああ。そもそも奴のあの性格なら、真っ先に狙った奴を狩り出して倒そうとするだろう。それも無いという事は、まだ入ってないとみて間違いない」
「ほう……」
アクロは目を細めた。
「ならば協力者の貴族に声をかけ、兵力を用いて攻めてきた場合は?」
「嬉しそうだな。お前にしちゃ、そっちの方がいいんじゃないか?」
「無論、楽しい死合となりそうだ。だが、戦となればお主も無事では済むまい? 外から無尽蔵に敵が湧いては、さすがに太刀打ちできないのではないか?」
「心配してくれるとは、お優しい戦いの鬼様だ。それも大丈夫、あいつは王都に帰るまではただの旅人さ。事情を知るよほど親しい貴族以外は動かないだろう。そうなれば、色々な所に手をまわしておいた俺の方が有利ってわけだ。……それに、やつらは甘ちゃんだ。むやみによその街を戦いに巻き込みたくはないだろうな」
「数が増えるのは大歓迎なのだが……」
「数を増やすのはこっちさ。それに、王を討ち取るチャンスと有らば、味方をいくらでも扇動できる。こっそり奴らが王と吹き込んだうえで王の財宝は山分けだとか、権力が手に入るだとか言えば馬鹿な貴族をさらに味方に付けられる」
「策謀の才があるのか。実に頼もしいな」
「まあな、ラムラの間借りとはいえこれでも伊達にこの地を治めちゃいないさ」
「ふん、間借りだからこそ、の間違いであろう」
「お褒めにあずかり光栄でございます、っと」
役者のような動きでコルベスは頭を下げた。
「それで、だ。ここからが本題なんだが……俺は奴らがそろそろここに攻めてくると踏んでいる。寄る辺もないし、最年長のグリムも死んだ。まともな暮らしはできやしないだろう」
「グリム……か。よき死合いであった」
「お前、よほどあいつが気に入ってるんだな。話を戻すがな、奴らがやってくるとしたら、ここを狙ってくると思う。少ない人数で兵力差を覆すには、中枢を潰すのが手っ取り早いからな。つまりだ、決戦が近いってことだ」
「……死合い、か!」
「ああ。お前は武力、俺は策略だ。頼りにしてるぜ」
アクロの目が刃の輝きを宿したかのようにぎらりと輝いた。蝋燭が怯えたように揺らめく。その様子を見て、コルベスはにやりと口角を上げた。
「さっそく出る。さあさあ、死合いを……」
「まあ待て。そもそも奴らの居場所がわかってないだろう?」
「……そうであったな」
「俺の見立てでは、近いうちに奴らから姿を現してくるだろうと思っている。そこで、お前にも作戦を説明しておこう。まず、兵士を狼狽えさせない。問題が起きた地区には増援部隊だけを向け、常に網目状に防衛線を張るんだ」
「全員で襲いかからないのか? 相手は三人だぞ」
「捕まえるネズミは三匹……せいぜい仲間を増やせていても奴隷ども程度だろう。網を張っていればどこかで引っかかる。それにな、兵士をあまり差し向けるとここの守りが薄くなるだろう? そうなれば暗殺に絶好の条件を整えることになっちまう。だから下手には動かさず、奴らがどこにいるかわかり次第兵士を差し向けるつもりだ」
「万全とは実に心強い。では、拙者はあいつらをのんびり待つとしようか」
「ああ、話は終わりだ。ゆっくりしておいてくれ。……そろそろだろうな」
コルベスは窓の外を覗いた。白い朝日がまさに今、姿を現そうとしていた。
走っても走っても蜘蛛の巣のように、通り抜けようとした道を兵士たちが見張っている。
「どうして……!? こんなはずじゃなかったのに……」
はぁはぁと息切れしながら、必死にレイシーは頭を回転させる。
問題は兵士の見張りだ。ヘンデルからある程度の予想を聞いてはいたが、それ以上にこの守りは隙がない。
これを力で突破するのは駄目だ。目立つ行いをすれば、注意はレイシーに向くだろう。そうなれば合流の時、大勢の追手を率いて戻ってしまう事になるのだ。レイシーだけでなく仲間もただでは済まない。
「合流は駄目、か……だったら今、できるのは……」
そうして考えていると、一つの案が頭に浮かびあがる。かなり無謀な策だが、今自分が仲間を守るためにできるのはこれしかない。レイシーは立ち上がり、ぐっと拳を握りしめる。
「わたし一人で行って、コルベスを倒す!」