一日が長く感じる Ⅱ
「なんだ!?」
「攻撃か!?」
男たちの叫び声が聞こえた。先ほどの兵士たちが慌てて戻ってきたのが遠くから見えた。
それを見て、ひとまず仕事がうまく行ったとレイシーは確信した。
「……よし、次はセコロ。お願い」
「今のは一体……?」
奴隷たちは市場の人々のようにざわざわと話し合っている。甚大な破壊力の爆発は、死んだ目で歩いていた彼らですら足を止めるほどのものだったのだ。
「この時間は、爆弾採掘をする時間でもなかったよな……?」
「そもそも、俺達はまだ到着してないんだぞ。一体誰の仕業なんだ」
混乱する奴隷たちの中に、一人の少年が大声を出しながら駆け込んできた。
「俺は見たんだ! 王都の軍が、俺達を救いに来たんだ! 俺達は見捨てられてなんていなかったんだよ!」
「お前はセコロか……それは本当か? 本当に見たのか?」
「ああ、王子も来てる! さあ、俺達も戦おう。自由の為に!」
「でも……」
「俺達は見捨てられてたんだ。今更来るなんて……見間違いじゃないのか」
セコロの説得にも、奴隷たちは動こうとしない。
「何が、自由の為だ?」
更に間の悪い事に、いつの間にかやって来た兵士がセコロの言葉に割り込んだ。
「爆発に問題はない。さぁ働きに行け。それしか能の無い奴らめ」
「黙れ!」
セコロは兵士に掴みかかった。今まで従順だった弱者に突然刃向われ、彼が驚いたのは言うまでもない。
「何だ!?」
「黙れ、コルベスの飼い犬め!」
「何だと? てめぇ、こんな事をしてタダで済むと思うなよ!」
「俺達を苦しめて、子どもをおもちゃにして、お前こそタダで済むと思うなよ!」
呆気にとられる奴隷たちを差し置いて、二人は取っ組み合いを始めた。しかし兵士と、まともな物を食べていない少年では流石に分が悪すぎた。セコロはあっという間に地面に引き倒されてしまう。
「無駄口叩く割りには弱いな。だが、顔は悪くないな……今夜使ってやってもいいんだぞ?」
「……みんな、戦おう! 自由の為に! 奪われたものの為に!」
喉の奥から精一杯絞り出すように、セコロは先ほどの爆発に負けないほどの大声で叫んだ。
「うるせえな、喚くな糞餓鬼が。大人しく……うおっ!?」
兵士は突然棒きれで後頭部を殴られた。驚く暇もなく、たくさんの奴隷たちが兵士を殴る。ようやく解放されたセコロは、自分を助けてくれた奴隷たちを見上げた。
「……みんな」
「……そうだ、俺の娘は連れてかれた……あんたの声を聞いて思い出したよ」
「僕の恋人もだ。帰ってこなかった。許せるもんか」
「……おう、やるぞ。やってやる」
「子どもだけに任せていられるか」
「どうせこんな生活が続くなら、戦って死んでやる!」
「そうだ。王都の軍が来てるなら、もしかしたら勝てるかもしれねえ!」
「みんな、今こそ立ち上がるんだ! 失ったものを取り戻すんだ!」
「貴様ら、何をしている!」
すぐにやって来た別の兵士は倒れた同僚に目を留め、激怒した。
「お前ら、覚悟はできてるんだろうな?」
「ああ、できてるさ!」
鞭を振り上げた手を、別の奴隷が止めた。すぐさま何人もの奴隷たちが殺到し、彼を一方的に殴りつけた。
「や、やめろ! お前たち……がはっ」
「やったぞ! 俺達の勝利だ!」
「このまま進むぞ! 今こそ戦う時だ!」
とうとう彼は気を失ってしまう。たとえ奴隷たちでも団結すれば兵士にすら勝てることがわかり、奴隷たちはさらに勢いづいた。
「同じ奴隷のセコロが戦い始めればつられるものも出てくる。上手くいったようだね」
上がる火の手と反旗を翻した奴隷たちを遠くから確認し、ヘンデルは呟いた。
ヘンデルは火薬庫の爆発を利用して騒ぎを起こし、それを「王国の軍が奴隷を助けに来た」とセコロに吹聴させたのだ。結果、その勢いによって虐げられていた奴隷たちが一気に味方となった。
「王国軍が助けに来た……か。三人だけだけどね」
「ええ。だから、兄上は嘘は言っていないわ。仕方のない事なのよ」
「……人をこんな風に担ぎ上げるのはあまりいい気持ちはしないけれどね。いずれちゃんとした軍と補給部隊をこの地に送ろう」
「ええ。協力するわ」
ヘンデルは突剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。グレイルがすぐにその身体を支えた。
「さぁ、僕達が子供たちの方へと騒動を拡げよう。大人の奴隷たちの方が力があるが、子供たちも早く救ってやりたいからね」
レイシーは最初にその計画を聞いた時、嘘の規模のものすごさに驚いた。きれいな真実だけでは生きていけないのだろうと、宮廷の一端を垣間見た気がした。
あちこちから雄叫びや悲鳴が上がっているところから見るに、奴隷の反乱も成功したらしい。自分の仕事は無事に終わり、あとは合流するだけだ。呼吸を整え、レイシーはすぐに駆けだした。
「……あれ」
合流できない。
爆発と奴隷の蜂起で混乱に陥った兵士の間を抜けるはずだったが、あまりに見張りが多すぎる。逃亡者への網を張るがごとく、どこへ行っても見張りの兵士が立っているのだ。彼らは爆発の混乱などどこ吹く風と言わんばかりに、獲物を狙う猛禽のように辺りを警戒している。隠れながらこれ以上の穴を探すのは不可能だった。
「そんな……どうしよう」
分断されてしまったと脳が認識すると同時に、一気に心細さが押し寄せてきた。