一日が長く感じる Ⅰ
その日の早朝、奴隷たちはいつも通り仕事へ向かっていた。
この地域の奴隷たちは元々ここで暮らしていた者だけではなく、近場で食い詰めた者や迷い込んだ旅人、コルベスや部下がどこからか連れてきた人々も多い。より良い生活を求めようとして、ラムラの領地から移動してきた者もいた。
しかし出自のばらばらさに反し、彼らには共通点が多かった。まず、身に着けているものがボロ布のような、もはや服と呼んでいいのか疑わしい布であること。それから、全身が泥や土で汚れ、骨と皮ばかりに痩せていること。最後に、一切の希望を奪われ、抵抗する気も奪われてしまっているという事だ。
その中で、レイシーとセコロは例外だった。空腹こそ満たされないものの、全身にやる気が満ち満ちている。
「……やれそうか?」
「うん。よろしくね」
「こちらこそよろしくな。無理、するなよ」
ヘンデルとグレイルは鉱山へと向かう馬車に乗っている。監督の兵士の注意を引くことで、彼らが二人のいない間の時間稼ぎをしてくれる手はずになっていた。
徐々に朝日が昇り、奴隷たちの顔にも骨ばった影が落ちる。薄明りの中をよろよろと彼らが歩いていくさまは、生ける屍が行進しているかのようだった。
「さぁ、この建物だ。作戦は理解しているんだな?」
「うん、ヘンデルから全部聞いたし、ちゃんと覚えてる。絶対大丈夫だよ」
「お前は賢いな。俺もちゃんと、作戦通りに動くよ。それじゃ、後でな!」
「うん!またね!」
レイシーはセコロに軽く手を振ると、奴隷の列からこっそり外れた。
レイシーがやってきたのはとある建物だった。無骨な箱のような外観だが塀に囲まれており、大きさもそれなりにあった。
「さて、今日も一仕事すっか」
「仕事っつっても、奴隷を殴るだけじゃねえか。むしろ夜の方が本業なんじゃないのか?」
「はは、お前にゃ敵わんわ」
この建物でも兵士が寝泊まりしているらしく、鞭を持って帽子を被った男たちがぞろぞろ出てくる。レイシーは慌てて塀の裏に隠れた。
「……」
心臓がばくばく鳴っている。自分の一挙一動に、彼らを助けられるかがかかっているのだ。しかし今のレイシーの心には、緊張こそあれど恐怖は一切無かった。
勝って、みんなで王都に行きたい。ただそれだけを想い、それが勇気となっていた。
「……今だ!」
男たちの気配が消えたのを確認しつつ、さっと扉の前に移動する。
取っ手を引いてみたが、がちゃがちゃという音が鳴るだけである。男たちは鍵をかけていったらしい。
「……だけど、わたしなら」
軽く力を込めて扉を引くだけで、鍵はばきりと音を立てて壊れた。建物の中は全員出払ったらしく、人の気配はない。更に7、建物の構造はセコロとヘンデルがすでに掴んでおり、念入りに自分に教えてくれた。レイシーは猫のように素早く廊下を走ると、目的の部屋までたどり着いた。
扉を開けると独特の臭いが鼻をついた。
炭のような、不快な臭い。火薬庫だ。兵士の大砲や鉱山の爆破に使われる火薬樽がどっさりと積まれている。
「いいかい、必ず長い導火線がある。それを延ばしてから、火打ち石で火をつけるんだ。火をつけたらすぐに逃げるんだよ。それから爆発の方を見ない事。瓦礫が飛んできて、目に当たったら危ないからね。ちゃんと身を隠して身を守るんだ」
ヘンデルの説明を反芻しながら、出来る限りてきぱきと作業を進めていく。持ち前の怪力で火薬樽を一カ所に集めて、導火線を繋げる。部屋の外に届くくらいまで長く長く繋げたら、言われたとおり火打ち石で火花を散らした。
すると、導火線がばちばちとより大きな火花を散らしはじめた。大きな火花はレイシーが組み立てた火薬の山にゆっくりと向かっていく。
「これでよし。逃げろ!」
レイシーは確認もそこそこに立ち上がると、壁を殴って破壊し、そこから外に出た。全速力で平野を走り、隠れられそうな木を見つけたのでそこに小さな身を隠す。
「はっ、はっ」
走りを止めると、どっと疲れが襲ってきた。これほどまで走ったのは、サンディと出会う前、マリーを追いかけた時以来かもしれない。レイシーは木陰で小さくなりながら呼吸を整えようと試みた。
しばらくすると、火山の噴火と間違う程の轟音が鳴り響いた。遠く離れたこちらにまで雨のようにぱらぱらと煤や土が降ってくる。
「わ、わっ」
地面までぐらぐら揺れており、レイシーは面食らう。想像をはるかに超える火力だった。