気持ちがはやる Ⅱ
いつもお読みくださりありがとうございます。土曜に更新できなかったので、本日は日曜更新とさせていただきます。
少し量も少な目となってしまいましたので、次回は頑張って書きます。
「誰かいるのか!?」
がちゃがちゃ、金属の混じった足音とともに、図太い男の声が聞こえた。
「まずい、見張りよ!」
「うん!」
二人はとっさに小屋に回り込んで身を隠した。すぐに見張りの男がやってきて、開け放された小屋の入口前で止まった。
「今喋ったのはどいつだ? 何故扉が開いている?」
小屋の中から何か言葉が返される様子は無かった。が、その沈黙こそが、子どもたちの恐怖を何よりもよく物語っていた。
「まさか、外に出ようとしたのか? そもそもお前らが私語をしていいわけないだろ? ああ腹が立つ、こんなことで俺の手間を取らせやがって。奴隷の癖によ!」
男の怒鳴り声。ひっ、というひきつった悲鳴がその後から聞こえた。
「もういい、誰か一人来い! お前がいいな、そこの小娘。可愛がってやる」
「……今!」
レイシーは飛び出すと、男の足元を蹴って払った。
「あっ!?」
ひっくり返った男の後頭部を加減しつつも力を込めて殴る。男の目玉がぐるりと回り、動かなくなった。
「よし、これでいいわね」
「さぁ、逃げよう!」
しかし予想に反して子供たちはレイシーの呼びかけには答えなかった。全員が驚きと恐怖の混じった目で、この二人の少女を見つめるばかりだった。
「ど、どうしたの? 逃げていいんだよ」
しかし奴隷は動かない。誰も立ち上がろうとせず、薄暗い部屋の中で脱力しきっている。誰ひとりレイシーにもグレイルにも、目を合わせようとしない。
「なんで!? みんな、このままだと死んじゃうよ!」
壁に寄りかかっていた少女の一人がようやく口を開いた。
「逃げたところで行くあて、ない……」
「大丈夫! 私達の今いる家の近くには、まだまだ住めそうな場所があるわ。そこまで来てくれたら……」
「行けない……あなた、誰……?」
「何を話している!」
また暗闇の中から声が聞こえた。松明を持った誰かがこちらへ近づいてくる。
「まずいわ、隠れて!」
二人は再び慌てて身を隠した。
今度の見張りは先ほど倒した男と比べても頭一つ分は大きかった。上半身には何も着ていない。脂肪と筋肉がほどよくついた体つきが暗がりでもよく見て取れた。
彼はすぐに倒れていた衛兵に目をとめると、烈火のごとく怒った声が空気を震わせて響いた。
「声が聞こえたから来てみたら……お前ら、脱走しようとしたな? コルベス様の所有物の分際で!」
「ち、ちがう……変な人が来て、やっつけていった……」
「嘘をつくな! このできそこないの奴隷共め……お前らが騒がしいせいで、こっちは女と楽しむこともできねえんだよ!」
人が殴られる音と、短い悲鳴が聞こえた。レイシーは飛び出し、男を止めようとした。
「駄目よレイシー、見つかっちゃう!」
「なんだ?」
「奴隷が脱獄を企てやがった。この奴隷共にダニーがやられたんだ」
「なんだと……許してはおけんな。俺も起こされたんだし罰を加えさせろ」
この男が大声で怒鳴ったせいで、ぞろぞろと他の人が集まってきた。こうなってしまうともう助けられないのはレイシーにもわかっていた。
「こうなっちゃ全員で罰を与えるか」
「ああ。ここに来た全員、十回ずつは鞭打ちでもしていいだろうな。そうでないと、俺達の楽しみを妨げた罪は拭えんだろうな」
「俺はこの子にするよ。苦しむ顔が見たい」
「なあ、鞭で首を絞めるのは有りか?」
「お、お願い、やめて……みんなだけは……」
「へえぇ、口答えするんだ。偉いねえ?」
「……うぅ……」
「……行きましょう。もう私達にできる事は無いわ。残念だけど……」
「……」
悲しかった。
良かれと思ってやったことなのに、グレイルにも、ヘンデルにも迷惑をかけてしまったのに。むしろ救いたかった子どもたちを傷つける結果になってしまった。
グレイルもレイシーと感情を共有するように、怒りと悔しさで包帯の残る顔をゆがめていた。