気持ちがはやる Ⅰ
「……ああ。」
「そうかい。僕の連れを気にかけてくれてうれしいよ。でも、それだけじゃないね? 何かレイシーには特別な気持ちがあるように見えるけど」
「鋭いな……」
セコロは観念した、と言わんばかりに大きく息を吐き出した。
「あいつ、似てるんだよ。俺の妹に」
「そうか……無理に話さなくてもいい」
聡明なヘンデルはそれだけでよくないことがあったのだ、と察していた。セコロはそんな配慮を気にせず言葉を続けた。
「優しくて、明るくて、純粋で。まるでレイシーそっくりだった。……あいつも病気で死ななかったら、きっといい友達になっていただろうさ」
妹の事を話すのは辛い。しかし、自慢の妹の話を他の人にしたいという欲も、セコロの中にはあった。また、誰にも話せずにいたこの気持ちを吐き出したいとも思っていたのかもしれない。ヘンデルは彼の話を黙って聞いていた。
「妹みたいに死ぬ奴隷をこれ以上増やさせないって、死んだあいつにそう誓ったんだ。……あいつは、俺が守ってやりたい。だから行きたいんだ。だけど、お前の病気も気になるし……くそっ」
「気になるなら行ってくるといいよ。僕なら大丈夫だ」
「駄目だ。今のお前を置いてはいけない。本当はとても苦しいんだろう?」
「苦しくないと言えばうそになるが……僕はしばらくは大丈夫だろう。自分の身体の事は自分が一番わかる。それに、これは僕からのお願いでもあるんだよ」
「お前からの?」
「あの二人、僕に黙って行ったみたいだからね。一体何をしに行ったのか、確かめて来てほしいんだ。仲間外れにしてくれちゃって、一言くらいあってもよかったんじゃないかな」
「確かにな……」
「でも、これだけは約束してくれ。君まで見つかるとまずい。二人は大方、僕に心配をかけさせまいと無理な事をしに行ったのだろうけど、セコロまで無理をしてはいけないよ」
「ああ。約束しよう。だけど大変な仕事だ、病気でなければ見返りの一つでも欲しい所なんだが?」
セコロはにっ、と悪戯っ子のように笑う。
「そうだね……ゆっくり休んでからでいいかな。疲れた君に子守唄でも歌うことにしよう」
「そりゃ楽しみだな。そいじゃ、行ってくる!」
もう進むしかない。あの男は当分目覚めてまた自分たちを見つけたら、間違いなく大事になる。
幸運にも先ほど気絶させた男の部屋から、一振りの剣を見つけることが出来た。グリムの剣と比べると遥かに切れ味が劣るがやむを得ない。
「夜の馬車はもう出てしまったみたいね。朝に来る馬車を隠れて待ちましょう」
「わかった。グレイル、疲れてない? 仕事もきついし、今日は寝ていないし……」
「大丈夫よレイシー。心配してくれてありがとう。さて、作戦だけれど……アクロに出会ってしまったら私達に勝ち目はないわ」
「ここにはこっそり入ってきたし、たぶんまだばれていないと思うよ。この周辺の地域を探しているんじゃないかな」
「どうでしょうね。こんな惨状を外の目から隠し通してきたやつですもの、どういう警備をしているかはわからないわ。とりあえず、私達の作戦は警備をかいくぐり、真っ直ぐコルベスを叩く。二人でできるのはそれしかないわ」
「……女の子二人だもんね。やるしかない……あれ?」
レイシーの耳に苦しそうな声が届いた。先ほどまで聞いていた嬌声とは違う、間違いなく痛みに呻いている誰かの声だった。
「誰か、苦しんでる……?」
「? レイシー、どうしたの?」
「こっちから聞こえる……」
建物の離れ、鈍い灯りの灯った小屋がある。どうやら声はその中から聞こえるらしい。グレイルが引き止めるより先に、レイシーは小屋の扉を開けていた。
「…これは…」
呻き声の正体を認めたレイシーは絶句した。
十五、六人ほどの傷だらけの子供たちが床に倒れている。力なく壁に寄りかかっている者もおり、まるで無造作に投げ捨てられた屍骸が集められているようだった。少女が多かったが、少年も何人か混ざっているらしい。いずれも衣服とは呼べないボロ布のようなものを身にまとっており、怪我をしている者も少なくなかった。
「……連れてこられた子供たちのようね。使われるだけ使われて、後はここに捨てられるんだわ」
グレイルはレイシーの手をぎゅっと握った。怒りゆえか、その手はわなわなと震えていた。
「……助けたいんでしょ?」
「……うん。セコロが戻ってきた子はいないって言ってた。だからきっと、このままだと、この人たちは死んじゃう。だけど、ヘンデルが…」
ヘンデルは今にも死ぬかもしれない。でも目の前で死にかけた人を放っていけない。どちらを選べばよいのだろう?レイシーは辛かった。
そんな様子を見て、グレイルははぁ、と大きなため息を尽きつつも、笑いながら言った。
「大丈夫よ。私の兄上は、この国の民の為なら絶対に死なないから。病気なんかに負けたりしないわ」
「いいの……?」
「ええ」
「……ありがとう。手間をかけさせてごめんなさい」
「いいのよ。こんなの私だって見過ごしておけないし、兄上だって怒るわ。何よりレイシーのそういう優しい所が大好きだからね」