表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
131/176

夜に働く Ⅱ

「は?」


「コルベス様と話をしないといけないの……彼はどこにいるの?」


「おいおい、お前たちは俺の女だぞ? 他の男の名前を出すのか?」


「じゃああなたの恋人として、妻として。どうかわがままを言わせてくださいな。私の家族が病気なのです。コルベス様じゃないと、きっと話を聞いてくれないよ……」


 男の思考を、寝台の上の少女を目にした興奮が阻害していた。さっさと話して、この女にその気になってもらおう。そしてこの昂ぶりを思う存分ぶちまけるのだ。


「あいつはここからそう離れてはいない。鉱山からは出てないがな、監督者用の宿舎からは馬車が出てるんだ。朝と夜に一本ずつだから、翌朝連れてってやる。馬車の中でも気持ち良くしてくれるならな」


「そう……ありがとう……」


「よし、もういいな? それじゃあ始めるぞ。力を抜け」


 金髪の少女の服を剥こうとしたその時、男の後頭部に鈍い痛みが走った。




 男の巨体が落石のように、寝台の上からごろんと転がると、ずしんと部屋全体が揺れた。


「グレイル、大丈夫?」


 レイシーは今しがた男を殴った手を拭いながら、暑苦しい包帯を外した。


「ええ、助かったわ。……まったく、こんな奴と接吻までしてしまうなんて……忌々しいったらありゃしない」


 顔をしかめたグレイルはハンカチを出すと、まずい食事をふき取るかのように口元を拭った。


「腹が立つな。こいつはグレイルを一杯殴ったのに、わたしは一回しか仕返しできないなんて」


「大丈夫、あんなへなちょこパンチよりも、レイシーの一発の方がずっと強いわよ。さあ、こいつが目を覚ます前に早く行きましょう。包帯を外しちゃったら、顔がばれちゃうわよ」


「うん。いこう」


 レイシーの怪力の情報は漏れているようだったが、まさか自分たちがそうだとは彼も思わないだろう。単に寝台から落ちて気絶したと思うはずだ。


 夜の宿舎は騒がしかった。ぎしぎし、廊下全体が揺れている。扉の隙間から少年少女の甲高く悲鳴にも似た嬌声がいくつも聞こえてくる。

 おそらく、働かされていた子供たちが買われてしまっているのだろう。それを察したレイシーの心に子供達を物扱いする敵への不快感とグレイルへの罪悪感が沸き起こった。


「……ごめんなさい。こんな事をさせてしまって……」


「いいのよ。兄上を救うためなら何でもすると言ったのは私だもの」


「でも、王女様にこんな事を……わたしがすればよかったのに……」


「何言ってるの、力持ちのレイシーの方が、奇襲は成功しやすいわよ。これは適材適所ってやつよ」


 こんな場所であっても、グレイルは顔色一つ変えなかった。


「レイシーには無理よ。下手だもん、演技。人形劇が好きみたいだけど、自分で演じるのは難しいという事かしら?」


 元気づけようとしているのか、悪戯っぽく彼女は笑った。


「……そうだけど……」


「だから、もういいの。うまく行ったしね。さて、問題はここからどうするかね。とにかくコルベスの居場所は聞き出せたけど、病気のお兄様を連れて行くわけにもいかないし……」


「セコロにも、これ以上迷惑をかけられないな。ということは、わたしとグレイルだけで行くしかないのかな……」


「……やるしかないわね」


 グレイルは覚悟を決めたように、息をすぅっと吸い込んだ。


「あの人形劇を思い出すわね。ほら、兄上とグリムが敵だらけの王都に二人で乗り込んだっていうやつ。今度は私とレイシーが、敵陣の真っただ中に乗り込むのよ」


「わたし、それは好きだけど……いざ自分でやると思うと、とっても怖いな」


 正直な所、自分はどうとでもなるとレイシーは思っていた。ただ、グレイルを失う事が怖い。彼女は国にとって大切な王女であると同時に、かけがえのない自分の親友だ。


「大丈夫よ。私は死なないわ。レイシーがついてるんだもの」


「わかった。わたし、グレイルを守る。絶対二人でコルベスを倒して、みんなで王都に行って、ヘンデルの病気を治そう」


 敵は大勢いる。コルベス以外にも恐ろしい力を持ったアクロや、大勢の兵士たちも控えているだろう。

 それでも、レイシーはこう言い放った。二人は強い足取りで廊下を歩き、宿舎の外に出て行った。


「……」


 その後ろ姿を、物陰に隠れた一人の少年が見つめていた。

 セコロは黙っていたが、その表情は動揺を露わにしていた。彼女達は一体何なのか。ただの旅人ではないとは思っていたが、その正体はこちらの想像を遥かに超えているらしかった。




 レイシーたちが監督の部屋に向かって間もないころのことだった。セコロは病気のヘンデルを介抱するため、彼を支えながら家へと戻ってきた。


「おや、あの二人は帰ってないのか? 向こうにいなかったから、先に帰ったと思ったけど」


「まさか……それは……」


 セコロの口が止まった。ヘンデルはその様子から、彼が何か隠している事に気が付いた。


「言いにくい事でもあるのかい?」


「実は見たんだ。さっき包帯を巻いた二人によく似た人が、監督に連れて行かれるところを。あれは売春をしようとしていた……この時間にここに帰ってないのなら、あれは間違いなく二人だったんだ。一体どうして……」


「まさか、僕の連れがそんなに自分を大切にしないとは思えないけどな……君は、気になるのかい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ