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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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空のはなし Ⅰ

 サンディはバッタの死骸を木の根元に埋めた後、少女に向き直った。

 彼女によると、死んだ生き物の体はこのようにしてゆっくり休ませ、その生を労うのだという。


「というわけで、バッタを潰さず捕まえる方法を教えて差し上げますわ。ポイントは優しくふんわり閉じ込めることですのよ」



「ヤサシク、フンワリ?」


「そう、わたくしがあなたを抱きしめたように、力を込めすぎないように手で包み込むのです」


「ダキシメ……」


 少女はさっそく地面を見てバッタを捜し始めた。

 ヤサシク、フンワリ。頭の中で何度も反復しながら草むらをかき分けていく。



「……見つかりませんわね」


「うぅ……」


 どれだけ探しても次のバッタが見つかることはなかった。

 サンディも手伝って探したにもかかわらず、影も形もない。気付けば燃えるような夕日が青かった空を橙色に染め上げていた。


「ヤサシク、フンワリ……ヤサシク、フンワリ……」


 忘れないよう、自分に言い聞かせるように呟きながら少女は地面を這う。どうして見つからないのだろう。

 もしかして一匹殺してしまったから、その仲間たちは自分に殺されると思って出てこないのだろうか。

 やがて、バッタを殺した時とは違う、別の悲しみが胸の内から湧いてくる。少女は終わらない仕事を延々と続けているように感じた。


「うううぅ……」


「ここまでにいたしましょうか」


 後ろからサンディの手が、作業をやめない少女を制止するように肩に置かれる。


「そんなに落ち込まなくてもいいですのよ。いないのはたまたまですわ、たまたま。

また今度にして、今日はもう帰りましょう?」


 自分の中で気持ちにけじめをつけて、少女は立ち上がった。

 残念な気持ちは残ったままだが、慰めてくれるサンディをこれ以上困らせてはいけない。


「いい子ですわね。もうすぐ暗くなりますわ、爺やもオルガも心配しますわ、少し急ぎましょうか」


 森の中を通っているときに、日は落ち切って辺りは暗くなった。

 行くときは太陽で輝いていた森も、光を失ってみると木々の間の闇から何かが飛び出してきそうな、おどろおどろしい雰囲気に包まれている。少女はサンディの手を無意識に握っていた。

 森の闇の向こうに灯った懐かしい屋敷の明かりが見えて、ようやく少女は安堵したのだった。


「おかえりなさいませ、サンディお嬢様。心配しておりました。暗くなるまでに帰ってくる、と聞いておりましたので……」


 屋敷に着いた二人は爺やに出迎えられた。

 暗くなるまで外にいたこともあって爺やの顔は気遣わしげだったが、少女とサンディの顔を見ると安堵の表情に変わった。


「心配かけてごめんなさいね、爺や。そうそう、一つ頼みがあるのですけれど」


「はい、何でございましょう?」


「屋上のテラスを使う準備をしておいてくれない? 色々あってあの子は落ち込んでいますの。慰めてあげたいですわ」


「承知いたしました」


 入浴して今日一日の汚れを落とし、二人は夜のドレスに身を包む。

 今日の少女の装いは灰色のゆったりと落ち着いたワンピースだった。サンディは白く胸にフリルのついた、純白のドレスを身にまとっている。

 着飾ってきれいになった姿を見せあうのは二人のお気に入りの時間だったが、胸の中の残念な気持ちは身体の汚れを落としても消えることはなかった。

 入浴の後は夕食という生活の流れに慣れている少女は食堂へ向かおうとする。

 この屋敷のおいしい料理なら、この胸の中のもやもやを何とかしてくれるだろうか。

 しかし、サンディは食事に向かわんとする少女の肩を持って引き留めた。


「お待ちなさい。今日はいい天気でしたし、特別メニューにいたしましょう。屋上に行きますからついてきてくださいな」


 特別メニュー、という言葉に少女は首をかしげた。何か新しい料理を出すのだろうか。

 少女はサンディに連れられ、階段を上っていった。寝室がある二階を通り過ぎ、さらに上へと向かっていく。

 この屋敷に住み始めてしばらく経っているが、二階より上に上がったことはなかった。階段にまだ上があるのは知っていたが、そこまで気に留めていなかった。

 今、こうしてサンディに連れられながら階段を上っていくとちょっとした冒険をしている気分になれる。少女は少しどきどきしてきた。

 階段の上には小さめのドアがあった。サンディはそのドアを開き、その奥の光景を露わにする。


 そこには、満天の星空が広がっていた。

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