表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
129/176

鉱山で働く Ⅱ

 このまま気付かれずに情報収集が出来れば、この状況も何とかなるかもしれない。そんな根拠のない希望は、あっさりと打ち砕かれることになる。


 その日も鉱山に狩り出され、レイシーたち三人は鉱石を運んでいた。

 セコロは近くにはいなかった。家を出る時は一緒だったが、仕事の間に離れてしまった。別の仕事の方に回されているのだろうか。


「げほっ、ごほっ」


「……兄上!」


 凛としたヘンデルらしくない、くぐもった咳が狭い洞窟に響く。焦ったようなグレイルの声が続いて聞えた。


「どうしたの……? だいじょう……あっ!?」


 振り向いたレイシーの言葉が失われた。口を押さえているヘンデルの手が真っ赤に染まっている。グレイルは自分の運んでいた石を投げ捨てて、よろめく彼の身体を必死に支えていた。


「そこ、何をしている!」


 捨てられた石の音を聞きつけた監督の男がやってきて、グレイルを引きはがす。


「この小娘が、仕事をさぼろうとはいい度胸だ!」


「待ってください! 兄上が、血を吐いているんです! 医者を呼んでください!」


 グレイルは長い仕事で汚れた髪を振り乱し、監督の男に縋りついて懇願する。


「うるせえな、お前らの代わりなどいくらでもいる! 切り捨てられたくなければさっさと働け!」


「きゃっ」


 グレイルの端正な顔を、彼は力いっぱい殴りつけた。彼女の小さな身体が倒れ、鼻血が噴き出した。

 そして男は容赦なく彼女に歩み寄ると、その腹に蹴りを入れ始めた。


「倒れてんじゃねえぞ甘えやがって!早く立って働かねえと、俺達の玩具にしちまうぞ!」


「うぎっ、痛い! いだい!」


「痛いじゃねえよクソが! ヤりまくってから捨ててやろうか? ここで働かなくてもこさえたガキでも食って生き延びればいいんだぞ? 二週間はもつだろ? ん?」


「やめろ……! やめてください……げほっ、げほっ」


「もうやめて! このっ……」


「お前もさっさと仕事に戻れ。同じ目に遭いたいか?」


 レイシーは男の腕を握りつぶそうとしたが、今ここで力を使うわけにはいかなかった。

 なおもよろめくヘンデルと、嬲り者にされるグレイルを置いて、レイシーは石を運んだ。握りしめた拳の間から、バケツの金属が軋む音がした。




「……鉱山病だ」


 なんとか仕事が終わり家に戻ってきたセコロは、ヘンデルを診てそう言った。


「理由はわからない。だけど鉱山で働いている奴に、たまにこういう症状が出る事があるんだ。何とか生き残った人の間では、鉱山病と呼んで恐れているんだよ」


「兄上は、兄上は大丈夫なのですか……?」


グレイルは身体を乗り出す。即席の包帯を巻いた彼女は痛々しい姿だったが、自分の身よりも兄の無事を案じていた。


「……鉱山病は血を吐き続けて、長いこと苦しんでから、やがて死ぬ。今まで治ったのを見たことはない……」


「うそ……」


「そんな……兄上……」


 鉱山に蔓延する理不尽な死を目の当たりにしたレイシーの視界は徐々に暗くなっていった。心臓がぎゅっと締まるような感覚。絶望に思考が塗りつぶされる。

 ヘンデルはまだサンディの屋敷にいた時から、彼がヤーコブだった時から、ずっと仲良く付き合ってきた。家族とグリムに続いて、彼まで失ってしまうのか。

 その時、倒れていたヘンデルがぴくり、と動いた。


「長く苦しむ、か……苦しんでいる間は、生きていられるのかい……?」


「兄上、無理をしないで……」


「少しくらいなら、大丈夫だよ……ごほっ」


 ヘンデルは途切れ途切れに話し始める。顔は血が通っていないかのように真っ青で、脂汗が浮かんでいた。


「いい医者がこんな辺境にはいないだろう……それこそ、王都にでも行かないと……げほっ」


「ああ…この辺りの腕のいい医者は、みんな領主の屋敷に住んでるからな。代わりの効く俺達を治してまで使う必要はないってことらしい。全く」


「……王都……」


 少しだけ呼吸が楽になる。王子であるヘンデルの言う事なら、王都に病を治せる医者がいるのは確かなのだろう。ヘンデルを助けられる方法はまだある。何もかも終わったというわけではないのだ。

 こうなれば一刻も早く敵を倒して、王都までたどり着くしかない。グレイルも同じことを思ったらしく、少し表情が明るくなった。


「だけど、どうしたらいいのかしら……」


「……」


 今まで通り噂を集めるのは、時間がかかりすぎるためもう使えない。では誰から敵のリーダーの情報を聞き出す? あの監督の男なら知っていそうだが、泣きながら懇願したところで教えてくれるとは思えない。


「情報……リーダー……監督……お願い……あっ」


 レイシーは一つの作戦を閃いた。ただしこれはとても下品で、不快な策だった。

 しかし今はヘンデルの命がかかっている。選り好みしている場合ではないのだ。レイシーはグレイルに耳打ちした。


「……わたしに考えがある」


「ほんと!?」


「……酷い考えだよ。だけど、やるしかない。わたしたちで、ヘンデルを助けよう。協力してくれる?」


「……兄上を助けるためなら何だって」


 グレイルの眼差しは決意に満ちていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ