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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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辛苦を耐え忍ぶ Ⅰ

「ああ、そうだ。一つ問いたいことがある」


 突然アクロがコルベスに言葉を投げかける。


「何だ?」


「お主は何を目指しておるのだ? 何を求めておる?」


「……何を聞くかと思えば……いきなり何だ? 望んでいる物か?将来の夢ってことか?」


「いかにも。拙者は無論、死合いに生き、死ぬことであるが、お主はどのようなものかと興味が湧いてな」


「うーん、夢かぁ……この年になっても夢があるって言っちゃあ変な気もするが……」


「……強いて言うならば……家族が欲しい、かな。余所者じゃない、家族が」


 それは問うてきた男ではなく、虚空に向けて投げた言葉だった。

 呟く直前、コルベスの顔から一瞬感情が消滅した。しかしアクロが眉を顰めるのとほぼ同時に、またにやにや笑いを浮かべ直していた。


「む」


「やっぱなんでもねえや。戦いの鬼が聞いてくる質問にしては俗っぽいな。感傷的でもある。死合いだけじゃ飽きたらず、安っぽい恋愛劇でも観てきたか?」


「はっはっは、王都の恋愛は人死にも出るというな、それはそれで面白いかもしれぬ。……あの村で怪物女と少し問答してな、そういったことにも興味がわいたのだ。それに、お主とは退屈しない付き合いが出来そうだった故に、行きつく先を見極めたくなった。それだけのことよ」


「お前が命令無視しても、俺があんまり怒らなかったからじゃねえの?」


「それもある。だが拙者にとって大切なのは、お主の行く先に死合いがあるか否かだ」


「そうかそうか。まあ、あると思うよ。人間、生きてたら何かと戦いは避けられないもんさ」


 ここでコルベスはワインを一本開けた。グラスを二つ、机に用意する。


「一緒に仕事をして、俺もお前とは気が合いそうな気がしてたんだよ。もっとも、周りの部下はまだビビっちまっているようだがな。さぁて、友情のあかしに一杯どうだ?」


「……頂戴しよう」

 

 男たちの不敵な笑いが暗闇を満たした。




 生気が無いこと。それがこの地域に住む奴隷と、ラムラの屋敷で働いていた奴隷の最大の違いだった。

 朝日が昇る前からレイシーは叩き起こされた。日が昇りきっていないので足場もおぼつかない。窪みに足を取られて何度か転んでしまいそうになった。


「大丈夫かい?」


「うん、大丈夫」


 王族の彼らも慣れない労働に身を投じるのだ。屋敷の手伝いもしていた自分が、始まる前からへこたれていてはいけない。レイシーは自分を一喝した。


「俺達の仕事で一番大切なのは、この地域に食べ物を供給することだ。ごらん」


「……すごい大きさだね」


 レイシーの目の前には、一面に広がる畑。まだ朝の冷え冷えとした空気の中、痩せこけた人々が休みなく、しかしのろのろと野菜を収穫し、かごに入れている。

 徐々に上ってくる朝日に照らされた彼らは、まるで動くかかしのようだった。


「この地域は奴隷の扱いについて言及されるのを防ぐためか、外部からの情報を遮断している。きっと領内の食糧を自分たちで全て賄わないといけないから、こんなに重い仕事をしなくちゃいけないんだと思う」


 奴隷の実状を隠している理由はこう言った待遇をしていることが知れれば、近隣の貴族から非難されるからだという。本来、この王国での奴隷は財産であると同時に、人としても尊重されるのだ。


 小奇麗な服をを着た監督官らしき人物がおり、新しくやって来た奴隷たちに仕事を割り当てる。レイシーの仕事は広大な領地を回って畑に水を撒いていく仕事で、セコロと一緒だった。

 水桶を背中に背負い、柄杓のようなもので水をばしゃっと一振り。気が遠くなりそうな作業だ。


「大丈夫か? 水、重くないか?」


 仕事の途中、セコロはちらちらと視線を送り、こちらを気にしてくれた。二人よりも身体の小さい自分を労わってくれているのだろうかとレイシーは思案した。


「ありがとうセコロ。わたしは大丈夫だよ」


「そうか……じゃあ、今からはあんまり喋らないでおくよ。監督官に私語が見つかったら、何かと怒られるからな」


 その言葉に無言でうなずいてから、レイシーは淡々と仕事を続けた。黙って単純な作業を行い続けるのは堪える。日が落ちるまでに何日もかかったように思えるほど疲れた。


「ふうぅー……」


 ため息に呼応するように、きゅるきゅるとお腹が鳴き声をあげた。今日はまともに何も食べていない。旅の糧食も底を尽いている。これほどの重労働の後も、その疲れを癒す食事はないようだ。


「ほら、食いなよ。食べられそうな草を煮詰めて、塩で味付けしてみたんだ」


「うう……ありがとう」


 小さい歪な椀に、彼の手作りスープが満たされる。草を噛むとじゅっとほんのり塩辛いエキスがあふれ出る。物足りないのも事実だが、セコロの優しさに感謝することしかできなかった。


「ほら、旅人のお二人さんも食べな」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます。いただくわ」


 二人が加わり、輪になってスープをすするとちょっとした団欒の様だ。


「セコロは大丈夫なの? みんなでわけちゃって、悪いけど……」


「まあ確かに食べる量は減っちまったし、腹は減ったな。だけど、大丈夫だ。腹じゃなくて、胸が満たされているような気がしてな」


「胸?」


 セコロは一息つくと、空を見上げた。

 そして空に語りかけるように、ゆっくり呟いた。


「何だか、家族みたいだよなって思って」

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