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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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根城への潜入を試みる Ⅱ

 とは言われたものの、ここは完全にがれきの山である。屋根もほとんどない、ほぼ壁のような建物と呼ぶにも怪しい


「へへっ、貧相な家で悪かったな」


「ごめんなさい……」


「許してやるよ。旅人からしたらそう見えてもおかしくないって思ってるからな」


 彼はまるでレイシーが古くからの友人であるかのように、気さくに笑う。


「そうだ、パン食うか?」


 セコロは懐から黒ずんだパンを取り出し、二つに割ってから差し出してきた。


「うん。もらってもいいかな」


「ああ。遠慮なく食べてくれ」


 そういえば漁師の村を出てから何も口にしてはいない。乾いたパンを手にするとお腹が今にも鳴りだしそうな空腹感があったのを思い出した。


「それじゃあいただきます!」


 レイシーは手のひらほどのパンにゆっくりかぶりつく。すると、がちん、と歯が弾かれた。


「か、かたい!?」


「文句を言ってちゃ大きくなれないぞ。これはここでは大ご馳走なんだ。虎の子だぞ」


「……あ、そうだね……」


 残飯を取り合う人々の姿が脳裏によみがえり、心に影が差したように陰鬱になる。

 あんなものを食して生きなければならない人々がいることを考えると、これは確かに恵まれた食事だ。レイシーはすぐに文句をこぼした自分を恥じた。


「でも、いいの? 大事な食糧なんでしょう、今日知りあったばかりのわたしにあげちゃってよかったの? ……食べちゃって何だけど」


「いいんだ。お前、なんだかほっとけなくてな。連れはいるだろう?」


「うん。ちょっと今出払ってるけど」


「そうか。じゃあその人たちが帰ってくるまでゆっくりしてくれ」


「ありがとう。セコロは優しいね」


「よせよ、自己満足だって」


 彼はおどけたように掌を上に向けると、パンを口にして舌鼓を打つ。二人だけの晩餐会はしばらくの間続いた。


「そういえばお前、夢ってあるか?」


「あるよ。わたし、王都に行って勉強して、本が書きたいんだ」


「本か……どんな本だ?」


「この世界でたくさん冒険をして、思ったことや気持ちを、どんどん書いていきたいなって思ってるんだ。それを、本にして、色んな人に見てもらう。それがわたしの夢だよ」


 自分の懐には書ききった日記がしっかりしまわれている。長い旅や激しい戦いを潜り抜けてきたレイシーだったが、これだけはきっちり守り通している。エプロンドレスやサンディの形見の懐中時計と一緒で大切な宝物だ。


「へぇ、日記形式ってことか? それとも経験をもとにお話が書きたいのか?」


「お話! お話を書くのもいいなあ。わたし、人形劇が好きだったんだ。いつもわくわくして、どきどきして、わたしの書いたお話でみんなが同じ気持ちになってくれたら、とっても嬉しいって思うなあ」


「そりゃあいいや。本なんて俺達からすりゃ雲の上の物だが、人形劇ならどっかで見られるかもしれねえな」


「楽しみにしてて! ここでも見られるぐらい、有名なお話にしてみせるから! セコロには夢はあるの?」


「夢……」


 急にセコロの表情が、夕暮れになったように暗く沈んだ。


「どうしたの……?」


「レイシー、戻ったわ。……おや、その人は?」


「あ、おかえり! この人はセコロっていうんだ。ここの家に住んでる人なんだよ」


「お、連れか? 俺はセコロ。よろしくな」


 セコロにさした影はもうすっかり残っていなかった。二人はセコロを一瞬値踏みするように見たが、危険は無いと判断したのだろう。すぐに会釈を続けた。


「僕はヤーコブ、こっちは妹のアリエッタ。レイシーがお世話になりました」


 えっ、と言いかけた口を慌てて閉じた。


「ああ。こちらこそ楽しく話させてもらったよ。この辺を見回っていたのかい? この辺りは何も楽しくないだろう」


「まあ、ぼちぼちですね。それではこれからどうするか、予定を立ててきます。レイシー、おいで」


「……えっ、あっ、うん」


 導かれるままにレイシーは彼の家を離れ、三人と共に枯れ枝のような木の近くに集まった。

 しかし開口一番、ヘンデルを問い詰めたのはレイシーだった。


「ヘンデル、どうして嘘の名前を名乗ったの?」


「ここで僕が王子だなんて言ってもまず信用されない。それに、ここの人たちは苦しい生活を強いられている。彼の目には王族は、いつまでもここを救ってくれない無能な連中に見えているかもしれない。そうなればいつ裏切られるかがわからない」


 本当は彼も何とかしたいのだろう。押し殺しきれない悔しさが呟きから滲み出していた。グレイルも眉間にしわを寄せ、痛みに耐えるような顔をしている。


「だけどヘンデル、セコロはここの領主を恨んでるって言ってたよ。だから正直に話して手伝ってもらった方が……」


「駄目だ。僕たちは絶対にこの戦いに勝たないといけない。リスクの大きい行動は控えないと」


 友だちに嘘を吐くのは辛い。しかし、王宮では狙われていたのを生き延びてきた彼の言う事だ。レイシーは悶々としながらも頭を縦に振った。

 すると、肩にぽん、と柔らかい手が置かれた。グレイルだった。


「レイシー、あなたの純粋さと優しさは素晴らしいものよ。どうかその心を忘れないでいて。わたしたちが王都に戻れたら、絶対にここを助けに行くわ」


「僕も協力する。王子として尽力して見せよう」


「……うん。ありがとう。信じてるよ」



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