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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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根城への潜入を試みる Ⅰ

「そんな……」


「おっと。これは事故だな。うん、事故だ」


 そう呟くと、彼女を突き飛ばした兵士はどこか焦った様子で、そそくさと荷車を牽いて帰っていく。


「この、待て……」


「駄目だレイシー。今ここで出て行ったら、せっかく潜入したのが無駄になってしまう」


「……」


 悔しかった。

 こんなことが許されていいのか。こんなにも簡単に、人の命はなくなってしまうのか。

 立ち尽くす幼子も意に介さず、未だ食物を取り合う大の大人たちが殴り合っている。これからあの子はどうやって生きて行くのだろう?この子が母の死に気付いていないのは幸運な事だろうか?

 じくじくと胸を刺す痛みと怒りをこらえながら、レイシーは小さくなっていく後姿を睨みつける。


「この王国に、こんなに酷いところがあったなんて……」


「……なんてこと……」


 ヘンデルもアリエッタも自分以上に悔しいのだろう。血が流れるくらいにぐっと手を握りしめていた。


「……行こう、みんな。まずは隠れないと」


「ええ。だけどその前に、少し」


 グレイルは死体の見開いた目をゆっくり閉じさせた。


「ママ、どうしたの? おなか痛いの?」


「……ママはね、とても眠いんですって。きっと疲れていたのね。私が介抱しておくから、あなたは先にお帰りなさい」


「うん」


 グレイルの言う事を疑う素振りも見せず、子どもはこくりと頷くと帰って行った。


「さあ、行きましょう。あいつら、絶対に許さないわ」


 そう呟くグレイルの言葉には、静かな怒りが含まれていた。




 三人は言葉もないまま隠れられそうな場所を探した。どこへ行っても目に入るのは汚れた家や傾いた屋根、荒れた土地、そして生ける屍のようになった人ばかりだった。

 目に入る光景全てが陰鬱で、気が滅入りそうになる。


「隠れる、でいいんだよね?」


「ああ。何とか敵陣に潜り込めたはいいが、奴らがどこに居を構えているのかを探らなくてはいけない。見つかっていない今なら好機だ」


 そうしているうちに瓦礫の壁とでもいうべき建物の残骸を発見した。身を隠すだけなら問題無い高さだ。


「レイシーはここに隠れていて。今度は私たち二人で周りを見てくるわ」


「また偵察?」


「ここからは見つかるまでの時間との勝負になる。一人にしてしまうけれど、気を付けてくれ」


 寒期が終わり暖かい期にも関わらず、空気は恐ろしいほど冷え冷えとしている。レイシーは瓦礫の隅っこで、自らも石になったように丸まっていた。

 今は彼らを信じて待つしかない。そのためには、自分が見つからないようにしなくてはならない。


「……そうだ、わたしもこの周りを見張っていよう。二人がちゃんと戻ってこれるように」


 レイシーはむくりと起き上がり、瓦礫から顔を出して外を見る。


「誰だ?」


「ひっ!?」


 その時、後ろから声がした。レイシーはびくっ、と跳ねた。


「だ、だ、だ、だ、だれ!?」


 心臓がばくばくと鳴っている。冷や汗を浮かべながら振り返ると、ぼろをまとった一人の少年がいた。傷があるのか、腕や足のところどころに包帯を巻いている。髪は伸び放題で、もっさりしたいがぐりのようだ。


「まずは落ち着け。俺はここの住民だよ」


「……え?」


「お前、見慣れない顔だな? この一帯は外からの人は入って来れないはずだが、どうやってここまで来た?」


「教えられないよ。兵隊に言うんでしょ?」


「そんなわけないだろ。こんな生活を強いてくる領主の事が好きなわけない」


「ほんと?」


「ああ。大人は領主サマにぺこぺこしていやがるが、俺はそうじゃない。この境遇に最後まで抗ってやるって誓ったからな」


「……ほんとうに?」


「おう」


 少年はからからと笑った。どうやら嘘ではないらしい。そうわかると、ほっと全身の力が抜けた。


「俺はセコロ。お前の名前は?」


「……わたし、レイシーって言うんだ。今は旅をしているんだ」


「そうか。こんな所へよく来たな。まあ、聞きたいことがあったら聞いてくれ」


「そう……じゃあ、聞いていいかな。どうしてみんなこんな生活をしているの?」


「俺達はここの領主…コルベスの奴隷で、交代で色々働かされているんだ。奴らは俺達を物扱いしていやがってな、報酬も出ないしろくに食べ物も与えやがらねえ。壊れないように休みだけはくれるが、食べ物がないからひもじいだけだ」


「食べ物……あの荷車かな?」


「あの荷車か。領外のコルベスの別荘から運ばれてくるらしいんだが、あんなに有り難い物はないよ。この一帯に住んでる奴隷はのどから手が出るくらい欲しいものさ。まあ、俺はこの前貰ったから行かなかったんだが……」


 レイシーの脳裏に、先刻の悲惨な光景がよみがえる。思わず拳をぐっと握りしめていた。


「……見たよ。みんな、食べ物を取り合ってた」


「そうか。よほど酷いものを見たんだな」


「うん。食べ物を貰おうとした女の人が兵隊に突き飛ばされて死んじゃったのを見た。その人にはまだ小さい子どももいたのに……」


「そりゃあ大罪だな。奴隷はコルベスの所有物だから、兵士如きががそんなことをしたら罰則だぞ」


「そうなの!? だから事故だ、とか言ってたのかなあ」


「だろうな。事故のせいにしてないと、首が飛んじまうから」


「……罰があるとかそんな問題じゃないよ。許せないなあ」


「ああ。俺も同じ気持ちだ」


 セコロはため息を吐くと、廃墟の壁にもたれかかる。


「ところで、ここは俺の家なんだが。いったい何をしていたんだ?」


「え、そうだったの!? ごめん、人が住んでると思わなくて……」


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