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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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安息が脆くも崩れ去る Ⅱ

昨日は更新できず申し訳ございませんでした。本日更新をもって代えさせて頂きます。

「あなたは何!? どうしてこんなひどい事するの!?」


「ふむ、怪物と問答するのも一興か」


 男は剣の柄に架けた手を一旦離す。


「拙者が求めるのは死合い。命と命のやり取りだ。拙者の行動の全てはそのためのものである」


「死合い……!?」


「そうだ。童女にもわかりやすく言うならば、殺し合いである。あの男……グリム、だったか。あ奴とは良き死合いができた」


 彼は思い出にふけるように天井を仰ぎ、顎を撫でた。


「なんでそんなことが好きなの……? 人を殺して楽しいなんて、どうして……わからない!」


「拙者にもわからぬよ。だが、身体が、魂が、それを欲するのだ。死合いに身を投じている間は、拙者のすべてが満たされる。となればもはや理由は必要あるまい」


 アクロが剣を抜き放つと、刀身が外の炎を受けて橙色の光を宿した。先ほど馬の首を切断したはずが既に刃には汚れ一つない。

 それと同時に全身が粟立つほどの威圧感が厩舎の空気を支配した。


「畜生の血では、我が刀も満たされぬようだ。行くぞ」


「ひ……」


 心臓がばくばくと危険を知らせるように鳴り始める。

 まるでたった今斬り飛ばされたかのように、思い出されるあの苦痛。腕を抑えて後ずさるレイシーを守るようにグレイルが立ちはだかった。


「……やるしかないわね。グリムの仇、ここで取らせてもらうわ」


 グレイルも剣を抜き、しっかりと構える。今しがた話に上ったグリムの忘れ形見を握る彼女の額には冷や汗が光っていた。


「小娘、粗削りながらいい腕をしているようだな。しかしまだ、剣を人に振るったことはないと見える。どれほどのものか見せていただこうか」


「やらせるか!」


 扉を蹴破るようにしてヘンデルが駆け込んできた。


「この火をかけた敵が潜んでいるからまさかとは思ったが、ここにいたようだな。村の人の避難はあらかた終わった! レイシー、下がってくれ。ここは僕たちが相手をする!」


「……ええ、兄上! 一緒に戦いましょう!」


「頼んだよ、グレイル。無理はしないでくれ! 生き残ることが優先だ!」


 彼女が頷くのとアクロが二人に踊りかるのは同時だった。グレイルの喉元を狙った一撃は、危ういところで躱される。


「このっ……」


「勘は良いな……期待して良いのだな!?」


「グレイル、援護する!」

 

 きょうだい二人の初めての共同戦線を、アクロは容赦なく切り崩していく。

 薄闇の中、金属がぶつかる音が響き渡る。二人は攻撃を受け止めながらもじりじりと押されており、攻めに転じることが出来ない。敵が優勢のようだ。

 レイシーは動けなかった。外から聞こえる悲鳴は止んだが、村は未だに焼けている。こんな所で立ち尽くしている場合ではないのに、この戦いから目を離すことが出来ず、じっとその様子を伺う事しかできなかった。


「どうした? そこの怪物女も加えて相手してやってもいいのだぞ?」


 戦鬼の連撃を受け続けて息切れした二人は、もはや剣を構えるのがやっとだった。一方のアクロは二人を相手にあれだけ激しい打ち合いをしたにも関わらず、息ひとつ切らしてはいない。


「面白い太刀筋をするな。しかし、お前たちはまだまだ錬度が足りん……グリムとやらとの連携の方がよほど脅威であったぞ? 拙者をそのようなもので倒そうとは、笑止!」


「……いけない!」


「失望したぞ。ここで果てるがいい!」


 振り上げた刀が二人に迫った。

 その瞬間、固まっていたレイシーが動いた。わたしがやらないと駄目だ。咄嗟に身を投げ出し、二人を守ろうとした。


「レイシー!?」


「だめ! やめて……!」


「アクロ、もうやめとけ!」


 刀が身体を貫く痛みの代わりに図太い声が外から響いた。

 入ってきたのは、武装した男。王都に入るのを阻んできた兵士と似た鎧が、彼も敵であることを語っていた。


「今やると面倒なんだよ。打ち合わせしておいたのを忘れたか?」


 アクロは手を止め、声のした方を見ると、興が削がれたように首を振った。


「仕方があるまいよ。その命、預けておこう。次は見逃さぬ。どちらかが倒れるまで死合おうぞ」


 その時までに腕を磨いておけと、と彼は念押しする。続けて新しく入ってきた男が口を開いた。


「ま、でもこれでいかにお前らの寄り道が犠牲を増やしてしまうかわかっただろ?」


「この襲撃を企んだのはお前か……! 無辜の民を傷つけるなんて!」


「何を言ってるんだ? 今回の件はお前たちのせいだぜ?」


「何ですって?」


「追われている身分を自覚してたのか? 隠れてれば足がつかないとでも思ったか? 仲間を増やすつもりだったのか単に休むつもりだったのかは知らんが、これ以上寄り道をするなら死体がもっと増えることになるぜ? 今回はこれで許してやるが、覚えておけ」


 三人の心の中に泥のような暗雲がどよんと立ちこめた。

 襲撃してきた張本人が最も悪いのはわかっている。しかしこの漁村に立ち寄ってしまったことで、大勢の人に迷惑をかけ、馬まで失ってしまったのは否定しようのない事実であった。


「それじゃあな。お前たちの目的地はわかってるんだ、寄り道せずに来いよ?」


 こちらの目標まで割れてしまっているという事実が更なる絶望を突きつける。

 告げるべきことを告げたアクロと男は、静かに出て行った。



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