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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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乗り込む前に一休みする Ⅱ

 漁師は橋の縁に腰かけ、釣り糸を垂らした。

 彼の言葉通り、すぐに反応があった。浮きが水面で浮き沈みしている。


「よし、ここだ!」


 腕を豪快に引くとざぱんと気持ちのいい音が立ち、黒銀にきらめく魚が釣り上がった。


「よっしゃあ、じゃあこいつをすぐに食べさせてやる!」


 彼は桟橋の杭の上にまな板を置き、流れるような手つきで魚を解体する。あっという間に魚は新鮮な切り身へと姿を変えた。


「すごい……わたしもお魚料理したことあるけど、こんな風にできるなんて……」


「一番いい魚を一番いい状態で食べさせられるのが真の漁師ってもんだ! まあ、みんながみんなそうじゃないがな!」


 彼は炊き立ての米を家から持ち出してきていた。葉っぱの包みを開くと、白い湯気がほわっと顔を温める。

 その上に先ほどの魚丸一匹分の切り身を豪快に乗せて、だしをかければ完成である。


「できたぞ! ふだんは売れない魚で作るんだがな、今回は特別! 残ったら俺が食うからな!」


「おいしそう、食べていい?」


「ばくっと行っちまえ! ほれ、スプーン」


「ありがとう。じゃあ、いただきまーす!」


 レイシーは料理に向き直った。白みがかったピンク色の切り身に真っ白な米。どこか香ばしい香りも漂ってくる。

 空腹のままにスプーンを握り締め、掬って口の中に放り込んだ。


「あ……!」


 蕩けるような刺身が、レイシーの舌に快い刺激を与える。

 もちもちの米にしゃきしゃき、ぷりぷりの刺身が、塩辛いだしと混ざることでうまく調和している。

 更に海の中を探検するかのごとく、噛めば噛むほどに脂の乗った魚の旨みが出て、味覚に染み込んでくる。シンプルな見た目からは想像できないほど奥深い味わいで、飲み込むのが惜しくなった。

 しかしそんな中でも、どこか懐かしい味がする、とレイシーは感じていた。


「おいしい!」


「すげえ食べっぷりだな! こんなに食う子は始めて見たぞ! 生魚に抵抗はないのか?」


「うん、食べたことあるから。スシっていう料理」


 それがこの料理の中に感じていた、懐かしさの正体だった。


「スシ? 聞いたこと無いな。どんなだ?」


「極東の料理らしいよ。酢で味付けしたお米にお刺身を乗せて、ショーユっていうのをかけるんだ。このお米は酢の味はしないし、だしはショーユより甘酸っぱいし、味は違うけど。ちょっとそれを思い出しちゃって」


 レイシーは目を閉じ、波音を聞く。全て遠い過去のことだ。

 あれからずいぶん長い時間が過ぎた。大変なことがあって、いろいろなものを失ったのに、こんなにも今の自分はのんびりしている。


「そうか! どっちも美味かったのなら、いいってことよ!」


 それでも、こんな状況でも楽しみを忘れないことこそ、過去への何よりの抗いになるのではないか。笑う漁師と、静かな海と向き合うと、なんとなくそう思えた。

 そして、今の自分の目的は皆と王都に行くことだ。そのためにも、今の自分に必要なのは身体を休めることだろう。

 レイシーは間もなくこの漁師料理を完食した。


「魚、あの兄ちゃんと嬢ちゃんの分も用意しとかねえとな」


「ご飯食べたら何かやりたくなったな。わたしも釣り、やってみてもいい?」


「いいぜ、やってみな。そいで連れたやつを、あいつらに食わせてやれ」


 レイシーは先ほど彼がしていたように橋の縁に腰掛けると、青い海の中に釣り糸を垂らす。


「いいか? 引っ張られるように感じたら、魚が食いついてる証拠だ。負けないようにこっちも思いっきり引っ張るといい」


 そうして待ったまましばらくの時間が過ぎた。太陽が傾きかけている。そろそろ座るのがだるくなってきているが、いっこうに何も腕には伝わってこない。


「昼は過ぎたか。こりゃ、魚は晩飯にするしかないな……」


「ごめんなさい……うーん、なんでだろ……」


「魚はいるはずなんだがな……俺は長いことやってるから、なんとなくどうすれば食いつくかわかるんだ。ただそれは経験ってやつだから教えるのも難しいんだよ……」


「はぁ……」


 こんなことならヤーコブの川釣りでも見て予習しておくべきだった。レイシーは海の底まで届くかというほど深いため息を吐いた。

 まさにその時であった。


「……あっ!?」


 ぐぐっと、腕に反応があった。

 軽く引くだけでは獲物の姿も見えない。むしろ気を抜くとこちらが引き込まれそうなくらい重い手ごたえだ。


「お嬢ちゃん、こりゃ大物かもしれん! 行けそうか!? 手伝おうか!?」


「ううん、いけるよ!」


「だったら遠慮は要らねえ、引くんだ!」


 これは思い切り力を込めて引っぱるしかなさそうだ。彼の熱い声援を受け、レイシーはぐぐぐっと腕に力を込める。


「えーーーーーい!!!」


 バゴバゴバゴと、水底から怪物が起き上がってくるような凄まじい轟音が響いてくる。腕に伝わる重さが徐々に釣り上がり、水面に白波を蹴立て、その獲物が姿を現した。

 凡人では到底支えられないであろう、腕に伝わる凄まじい重量。鱗の無い硬い岩肌に、魚と呼ぶにはあまりにも無機質で巨大で無骨な姿。深海の土の様なこげ茶色。


「こ、これは……すげえぜ!」


「うん。これはすごく大きくて、立派な……」


 岩だった。レイシーの怪力で、水底の地面を引き剥がしてしまったのであった。

 呆然とする少女とあんぐりと口を開けた漁師を嘲笑うかのように、重さに耐えられなくなった釣竿が折れた。ざぶんと王冠の様な水しぶきを上げながら、岩は海へと帰って行った。


「……ごめんなさい。やっぱり、任せてもいい?」


「……おう」


 こうして魚を手に入れた二人は、すごすごと村の方へと引き返していった。


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